●イノベーションは命令してできるものではない
すでに申し上げたように、非連続的なイノベーションに成功すると何が良いかというと、敵が頑張れないのです。松下のウォークマンの方が薄くて軽くて音が良いらしいのですが、皆はソニーの商品を買います。問題は、自分で努力できないということなのです。「もっと薄くするように」ということなら、指示はできるし、ターゲットの設定もできます。しかし、「そうしたアイデアを思いつくように」と命令しても、なかなかできません。これは全く違う活動だからです。
それゆえ、話は必ず「では、どうしたらよいのか?」という方向に行きます。しかし、イノベーションは滅多にないことなので、そう簡単にはいきません。「どうやったらイノベーションを起こせるのか?」という問いは、もはや愚問なのです。
●イノベーションで大切なのは「頑張るな」ということ
しかし、今回お話ししてきたことから、どうすれば良いかは分からないにせよ、こういうことはやらない方が良いということは幾つか考えることができます。
そのうち最大のものは、イノベーションで大切なのは「頑張るな」ということだと思います。「イノベーションで頑張るぞ」と言う発想が、間違いの始まりです。僕が嫌だなと思ったのは、「今月中に1人当たりイノベーション案件5個出せ」というような命令です。こうした動きが出た時点で、もうその瞬間にイノベーションはあり得ず、それは進歩にすり替わっていると思います。
つまり、イノベーションはいつかどこかで誰かが思いついているものなのです。しかしその最初の部分は、組織的になされるものではありません。一方、技術的な進歩であれば、例えばトヨタのように、総力を結集してハイブリッドエンジンの燃費を良くすることができるでしょう。
ですから、「イノベーション推進本部」というものも、センスがないと思っています。本部で推進するものではないという話なのです。何かできるとしても、何かイノベーティブなものを思いついた人が、通常のレポーティングラインとは別に、そのアイデアを持って飛び込んでいくことができる、窓口のようなものをつくることでしょう。
●インセンティブではイノベーションはできない
もう1ついうと、インセンティブではイノベーションはできないということです。インセンティブとは、外にある誘因であり、誘うものです。例えば、「これができたら給料を増やしてあげるよ、昇進できるよ」というものも、インセンティブです。
それに対して、イノベーションとは中からでてくる動因です。つまり、例えば、もうそれが一度見たくてしょうがない、世の中に出したらみんながどうなるのか知りたくてしょうがない、といった考えの人からしか、イノベーションはなかなか出てこないということです。
●非連続性の中に連続性を一部入れ込んでいく
最後にもう1点だけ付け加えるとしたら、全てが非連続だと、結局お客様が受け入れられないということです。顧客のニーズとは、どこかで連続していると思います。ですから、非連続的なイノベーションの中には、連続性を一部入れ込んでいくことが重要なのです。これには、イノベーションの何ともいえないセンス、絶妙なさじ加減が大事だと思っています。
例えば、味の素の「最初の晩餐」という広告がなぜ面白かったかというと、われわれが「最後の晩餐」という、もともとの作品を知っているからです。知らなければ面白くも何ともないという意味で、これは非連続の中の連続といえます。
●重要なのは変わらない人間の本性を押さえること
ですから、変わらない人間の本性というものの連続性をきっちりと押さえることがイノベーションにおける1つのポイントだと、僕は思っています。
一方、未来志向、例えば「いまはまだないが10年後のニーズを見越して…」というのは、技術開発や技術的な進歩の人の考え方だと思っています。それに対して、イノベーションは今ここで普通の人間が見た瞬間に欲しくなったりするものをつくり出すということです。
●フェイスブックが考えていた人間の本性は自己愛
ですから、フェイスブックやLINEは、やはり人間の本性を突いていたと思います。マーク・ザッカーバーグという人は、自分たちの企業をテクノロジー企業だと考えているようですが、彼が傑出しているのは人間の本性を突くことです。
フェイスブックが考えていた人間の本性とは、とにかく自己愛です。この自己愛を金に換えるということを、徹底的に考えたのがザッカーバーグだったのです。自己愛とは、古今東西、人間の本能的な尽きぬ欲求です。「いいね!」といっても、それを押してもらっている人は嬉しいですが、実際には全ての人...