●フラッシュメモリは、「性能を悪く」したものだった
今回から、「フラッシュメモリ誕生秘話」を2回に分けてお届けします。まずは「発明編」です。
フラッシュメモリは、具体的に何がすごかったのでしょうか。舛岡富士雄さんは、次のように語りました。
「性能を悪くしたのです」
かなり疑問ですよね。なぜ「性能が悪い」ことが「すごい」のでしょうか。これは、フラッシュメモリを理解する上で、非常に重要なポイントです。
私は文系ですので、また例え話でこのことを分かりやすくご説明します。まず、メモリ(記憶領域)というものが従来、どのような形のものだったかをご紹介します。
●従来のメモリと「フラッシュメモリ」の違い
フラッシュメモリが登場する以前のメモリの構造は、土地や不動産に例えると、碁盤の目のようになっているのが普通でした。縦横に“◯丁目◯番地”という表示板があるようなイメージです。それが、一つ一つの回路、部品に付いている感じです。
どこか一箇所を書き換えたい時は、特定の“番地”を指定して書き換えを行います。つまり、「書き換えたいところだけを書き換えられる」のです。これは、すごく便利ですよね。
一方、舛岡さんはまず、1980年に「フラッシュメモリ」の原理的なアイデアを思い付きます。このフラッシュメモリの“概念”を思い付いたことが非常にすごいことなのですが、その内容は次のようなものでした。
これは、従来の碁盤目状のメモリの形です。
それに対して舛岡さんが考えたのは、先ほどのように碁盤目状に細かく分かれたものではなく、地域単位、つまり、それぞれが“小さな町”のようになっている構造です。細かな縦横の番地でなく、ブロック単位で土地が区切られている、ざっくりした大きな区分けです。
この場合、書き換えはどのように行われるのでしょうか。書き換えたい場所がある場合、まず、その“町”を丸ごと他の場所へ一旦コピーします。そこでコピーした先のデータの書き換えが行われます。
コピー元の、もともとあった地域(町)はもう必要なくなるので、一気に消去することになります。この一括消去が、「フラッシュメモリ」の名前の由来になっています。一瞬で大きな領域がなくなるのです。実際、カメラの「flash」が由来だという説と、トイレを流すときの「flush」が由来だという説があります。ちなみに、関係者に確かめても記憶が曖昧で、「2説あるけど、どっちだったっけな?」という感じでした。
どちらにせよ、意味としては大きなデータが一瞬でなくなるということです。これが、「フラッシュメモリ」の始まりでした。
書き換え後は、もともと存在していた地域にあった“◯◯町”という表示板を、コピーして書き換えた新たな地域へ移動すれば完了です。こうした段取りを踏むのが、舛岡さんが考えられた「フラッシュメモリ」という新しいメモリの概念です。
何となくイメージしていただけたと思うのですが、もう一度おさらいします。従来のメモリは、書き換える場合、1ビット(1マス)ごとに「書き換えたいところだけを書き換える」というものでした。
それに対して、フラッシュメモリはまず、その地域を丸ごと一旦、別な場所へコピーします。そのコピーした先の地域を一部、書き換えます。その後、元の地域を消去します。この通り、非常に段取りが多いのです。本来は、書き換えたいところだけをピンポイントで書き換えられた方が性能は良い。だから、「性能を悪くした」というわけです。
●「安さ」最優先の結果が「フラッシュメモリ」に
では、舛岡さんはどうして「性能を悪くした」のでしょうか。それについて次のようにおっしゃっていました。
「安くすることだけを考えたのです」
一体、どういうことなのでしょうか。
半導体記憶媒体とは「シリコンウェハー」という、シリコンのせんべいのようなものに、基盤を打ち込み、それを取ってプラスチックのケースに格納し、スライドにあるような形状にしていきます。
重要なのは、この一枚のウェハーから「たくさん取れば取るほど、単価が安くなる」ということです。シリコンウェハー自体は高い技術や品質管理が必要で、すごく高価なものなので、なるべく記憶媒体を小さく設計し、たくさん取ることで、安くすることが求められるのです。ですから、基本的に「小さくすれば安くなる...