●金融を「てこ」にイギリスから覇権を奪取したアメリカ
中西 アメリカの国家戦略を考える人たちは、例えばペンタゴンにいろいろな戦略部局がありますが、彼らは何を研究しているかというと、やはり歴史とのアナロジーなのです。だから、プラザ合意などという、そんな簡単なものではなく、もっと過去からいろいろな経験がアメリカにはあります。
例えば、スエズ動乱の時、イギリスの覇権を中東から追い出すために、それをイギリスが起こして、イスラエルと一緒にフランスも誘って、エジプトに戦争を仕掛けました。あれの本当の原因は、米英の中東における覇権争奪です。
1956年ですから、当時イギリスはまだ世界の三大超大国の一つでした。そのイギリスを、いかにペシャンコにしてしまうか、アメリカは一生懸命いろいろな戦略を取りました。主に金融戦略でした。そしてまずはポンド売りから始まるわけです。
詳しい話は省略しますが、あれでロンドンの株式もペシャンコになるわけです。イギリスの財政も立たなくなってしまいました。時のイギリスの首相アンソニー・イーデンは、「アメリカは実は20年前からわれわれの足元を崩そうとして、これほど効果的に動いてきたのか。アメリカの脅威というのはヒトラー以上だったんだと。われわれはそれを思い知った」という言葉で残して、ダウニング街の首相官邸を出て、辞任したわけです。
その前にも似たような話はあります。ワシントン会議(1921年~1922年にワシントンで開催された国際軍縮会議)の時もそうです。アメリカがアメリカの覇権を守り抜く、あるいは確かなものにする上で取った金融パワーの利用の仕方、国策、地政学的な金融パワーの利用の仕方は、劇的な成功を何度も収めてきました。
先ほどワシントン会議の話が出てきましたが、日英同盟は、なぜあの1921年のタイミングで破棄されたのか。
第一次大戦中に、イギリスやフランス、特にイギリスがアメリカから大量のお金を借りたわけです。戦争を戦うための戦債です。ウォーデッドです。
その返済をてこにして、日英同盟の廃棄を迫ったのがアメリカです。ですから、日本との同盟はアメリカにとって終始、目の上のたんこぶで、太平洋にアメリカの覇権を広げていくためにぜひとも必要だという一大テーマが日英同盟の廃棄でした。
それをワシントン会議の席で、アメリカは「イギリスに対して貸した戦債、つまり貸した金を返してくれ。その猶予を申し出るなら、アメリカの目標である反米同盟、つまり日英同盟をぜひともこの機会に解消してくれ」ということを直接言わず語らず、うまく民間のパイプを利用して伝えるため、モルガン財閥のトーマス・ラモントという支配人、それからモンタギュー・ノーマンというイングランド銀行の頭取がパイプをつくり、民間のレベルでその意思を疎通させて、ワシントン会議の開催にこぎつけたわけです。
こういうこともあるということです。日本の歴史家はワシントン会議の研究を山ほどやっていますが、日本にとっての、ということしか考えていません。アメリカがいかに覇権を確立していったかという歴史はもう少し客観的に勉強する必要があるかと思います。
●アメリカは「孫子の兵法」にどこまで対抗できるか
中西 多分、中国に対しても、金融をてこにするでしょう。中国の国際金融はまだまだ非常にバランスを失いやすい状態です。
今後問題になるとしたら、日本の経済、特に中国に進出した日本の企業や日本の金融機関は考えなくてはいけないし、それから、今後、日中のスワップ問題など通貨危機にどう対応するかというとき、日本は同盟国としてアメリカと一つにならないといけません。そこに齟齬が生じたら、直ちに日本の安全保障に関わる重大事になります。
これは予測できる話ですから、ぜひとも注意した方がいいと思います。
―― アメリカは金融などの面で、どのような戦略を取るのでしょうか。
中西 それは何よりも孫子の兵法で、アメリカの国防大学とか海軍兵学校などでも最近は孫子の勉強を始めています。昨日までクラウゼヴィッツの勉強をしていて、今日から孫子の勉強だといいます。ただ、「にわか孫子」ではとても無理です。私たち孫子を勉強してきた国の何百年の歴史から考えると、孫子は本当に難しいし、本当に怖い。これほどの究極の戦略論はありません。それにアメリカがどこまで対抗できるのかと。そういう文明力の勝負です。
●中国は「韓信の股くぐり」でかわそうとする
―― 中国の内部事情としては、アメリカに詰められたとき、折れるのでしょうか。それとも戦うのでしょうか。
中西 「韓信の股くぐり」、司馬遷の『史記』にある通り、中国は当面この孫氏の兵法です。必ず平身低頭して、アメリカの今の激発的な対中強硬戦略をかわしていく方向に行...