●有人火星探査のためにはどんな技術が必要か
こんにちは。東京大学の小泉です。宇宙推進工学を専門としています。今日は、「宇宙探査の現在とこれからの可能性」ということで、ロケットエンジンをメインにしながら、有人火星探査を例に取り、これからどのような宇宙探査が可能なのか、そのためにはどういった技術が必要なのか、ということをお話しします。
まず、ロケットエンジンの基礎からお話を始めます。
宇宙探査機のロケットエンジンやその軌道はどのようなものなのでしょうか。また、これらによって宇宙探査機はどうやって宇宙を旅しているのでしょうか。そして、そのお話の後には、有人火星探査の概算を行い、今ある技術を使うとどのような探査になるのかについて見ていきます。
結論からいえば、有人火星探査は、非常にたくさんの質量を運ばなければならないという探査です。この問題をクリアするこれからの可能性として、ここでは2つ、キーとなる技術を紹介したいと思います。
一つはイオンエンジンと呼ばれる、最近の「はやぶさ」で非常に有名になった技術です。これを使うことで何がどう良くなるのかということをお話しします。もう1つは、イオンエンジンよりもさらにSFチックなのですが、スペースマニングという技術についてお話します。
●宇宙空間では、動いているものはずっと飛び続ける
まず、ロケットと軌道について、少し基礎的なことからお話しします。
地球の周りを飛んでいる人工衛星の仕組みを説明するときに、非常に速い速度でボールを地表に沿って投げたときの例えがよく使われます。ボールを非常に速い速度で投げると、もちろんボールは遠くに落ちます。その速度をどんどん速めていくと、そのうちに投げたときのボールの軌道である曲線が、地球と一緒になり、ぐるりと地球を回ります。
これはもちろん正しい話なのですが、もう少し広く地球の周りを飛ぶ、人工衛星の原理を本質的に説明します。
まず、万物の真実として、宇宙にある物体は基本的に障害物さえなければ飛び続けます。そのため、物体が地球の表面に沿いながら飛び続けるには、秒速7.9キロメートルという非常に速い速度が必要です。ただし、例えばスライドの図のように、地球のはるか上から物を投げる場合、投げる速度は実はもう少し遅くても良いなど、投げる場所次第で変わってきます。ともかく、運動している物体が何にもぶつからなければ、実はその物体の運動は常に続いていく、というところがポイントです。そのため、宇宙においては基本的に、動いているものがずっと飛び続けるというのが普通の状態なのです。これはまさに、月が地球の周りを回っているような状態です。
●宇宙において重要な指標は速度である
そしてもう1つ、空間を飛ぶ物体について認識しておきたいことがあります。それは速度です。
先ほどの例でいえば、投げたときのボールの速さです。直感的にも分かるように、投げたボールの速さが速ければ速いほど、大きな輪を描いて、運動を続けていきます。スライドにある絵のように、投げる速度が速くなればなるほど、地球の向こう側に行く距離が次第に大きくなります。この絵では、赤い円がちょうど真円となっていますが、さらに大きな速度で投げれば外側がよりふくらんだ楕円になり、その放物線による双曲線という閉じない軌道になっていきます。そのため、ここでも宇宙において物は基本的に飛び続けるということが、重要なポイントです。
●ロケットエンジンの最も重要な役割は軌道を変えること
このことを前提にすると、ロケットエンジン、すなわち人工衛星や探査機のエンジンの役割も明確になります。ロケットエンジンの非常に大きな役割とは、飛んでいる物体の経路を変えるということです。何もしなくても、経路に沿ってずっと飛び続けることはできます。しかし、何もしなければこの経路は変わりません。エンジンを使うことによって、この経路を変えることができるのです。
例えば、ロケットエンジンを使うと、スライドの丸い円の経路から、☆印のところでボンと速度を増やし、細長い楕円の線のような経路に変えることができます。宇宙探査の分野では、この経路のことを「軌道」と呼んでいます。人工衛星や探査機の軌道ということです。宇宙におけるエンジンの役割とは、この軌道を変えることなのです。
そして、この軌道を変えるためには、速度を変えなければなりません。宇宙におけるエンジンの指標は、速度であるということです。例えば地上...