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ホロコーストのトラウマがイスラエル建国思想の底流にある

イスラエルの歴史、民族の離散と迫害(2)

島田晴雄
慶應義塾大学名誉教授
情報・テキスト
エルサレムのホロコースト博物館
Shimada Talks
国を追われたユダヤ民族は、その知識と能力を武器に各分野で活躍し、ついに念願の建国を果たす。しかし、そのイスラエル建国の思想的底流にあるものは、実は、ユダヤ人にとっての歴史的大惨事のトラウマだった! 歴史の真実をえぐり、イスラエルと世界の相互理解を提言する島田晴雄氏の歴史講義の後編。(全5話中第5話目)
時間:15:00
収録日:2013/10/04
追加日:2014/08/07
≪全文≫

●土地から切り離された弱みを知識でカバーしたユダヤ民族


 キリスト教徒たちはユダヤ人に土地を持つことを絶対に許しませんでしたが、土地を持てなくてもなんとか生きていかなければなりません。ユダヤ人はもともと頭のいい民族ですから一生懸命、金融を勉強し、科学技術を進め、芸術を推進したわけです。『ベニスの商人』という物語の中ではユダヤ人は狡猾な商人として描かれていますが、全て生きる手段を失ったユダヤ人たちが種銭を構築して、ベニスの町で一攫千金を夢見る船乗りたちが東洋に胡椒の種を求めて出ていくときに、ファイナンスをしていた。今の言葉で言えばプロジェクトファイナンスの専門家だったわけです。そういう技能もユダヤ人が構築しました。

 そのプロジェクトファイナンスの専門家だったユダヤ人たちの努力のおかげで、実は経済活動の中に投資活動というものがでてきて、投資活動のメリット、デメリットを全体として会計上把握するという技法もイタリアで発達し、実はその頃のイタリアで資本主義の原形ができたのです。その資本主義経済の原形がオランダやイギリスに伝わり、今日の世界の資本主義経済のもとが築かれたということでして、土地から切り離されたユダヤ人たちが工夫して努力した結果、今日の資本主義市場経済の重要な基礎になったということが、一つ言えるわけです。

 頭のいい民族ですから、いろいろな科学技術に秀でた人々が出てきました。土地がないので、知識で努力をしたわけです。アインシュタインという相対性理論を考えついた大変な天才がいます。他にもたくさんの人たちがいますが、典型的なユダヤ人の学者です。ノーベル賞をとる学者たちのかなりの数がユダヤ人ですし、アメリカに行くと大学教授や金融関係者の多くはユダヤ人です。ヨーロッパの、イギリスとフランスなどに渡って巨大な資産を活用して君臨したロスチャイルド家もユダヤ人です。1900年間にわたる流浪と離散の苦しい歴史の中で懸命な努力をして、こういうものを築き上げていった人たちだということが言えます。

 また一方、ユダヤ人は芸術にも秀でていました。ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団の花形指揮者だったレナード・バーンスタインもユダヤ人です。メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲は、私は子どもの頃から好きなのですが、彼もユダヤ人、すばらしい交響曲を書き続けたグスタフ・マーラーもユダヤ人です。これらは土地から切り離されて生活手段のなかったユダヤ人の決死の努力の結晶だったように思います。

●世界中から排斥されたユダヤ人の信念は「先制攻撃あるのみ」


 しかし前回の話(参照:近代イスラエルの誕生:その苦闘の背景(1)および(2))で申し上げたように、どれほど努力をしてもユダヤ人が世界各地の中で受け入れられることはないという状況に、ユダヤの思想的リーダーたちは突き当たり、深い悩みの中で、やはり聖都エルサレムの神殿の丘・シオンの丘に戻ろうというシオニスト運動を開始したのがオーストリアのテオドール・ヘルツルさんというジャーナリストでした。そしてまた、ロシア、ポーランドを経てパレスチナの土地に密入国のような形で移民をして、労働運動をしながら農業を一生懸命やったダヴィド・ベン=グリオンという人がいます。この人は後に強力な近代イスラエルの初代首相になり、15年近く首相を務められたわけですが、彼の建国を助けて国際的に世界の認証を得るために大活躍をされた科学者がおります。その人は結局大統領になりましたけれども、第二次世界大戦中、あるいは戦後の世界的な大混乱の中でベン=グリオンが決死の思いで近代イスラエル国家の独立を宣言しました。宣言して直ちに周辺諸国から大変な攻撃を受けて、必死な思いで戦い抜いて、祖国を守り続けたわけですが、その時の彼らは「放っておいたら私たちは必ずたたかれてつぶされてしまう。われわれに向かう敵には、先制攻撃しかない」という考えを強く持っていたのでした。

●イスラエル建国を駆り立てたホロコーストのトラウマ


 その考えのもとになるのは1930年代の後半に起きた人類史上とんでもない事件、「ホロコースト」というユダヤ人大量殺りくです。1930年から33年にかけて、アドルフ・ヒットラー率いるナチ党は、選挙を繰り返しながら合法的に議会の多数派になっていきます。1933年に十分な議席を確保したとき、ヒットラーは全権委任法という自分に全ての権限を与える法律を作ってしまいました。そのことによってヒットラーが何をしても良い、というような独裁国家になってしまったわけです。

 これにより、ヒットラーはいろいろなことを始めるのですが、その一つがユダヤ人の排斥運動でした。「ユダヤ人は劣等民族である」「汚い血をもった民族である」「青い目をしていない」と、ありとあら...
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