●アメリカ社会は底が深く、簡単に理解できない
中西 「いま中国が、アメリカの覇権を狙っている」と考える識者も多いのが現状です。アメリカはうかうかしていると、5Gだけではなくさまざまな分野で中国に追い越され、覇権を奪われるのではないか、という考えです。これに従えば、危機感は非常に強く、共和党・民主党問わず、議会も世論の中も、アメリカは対中警戒論、強硬論一色に染まりつつある、という認識になります。
これは長期的な覇権争いであり、アメリカは国を挙げて中国に対抗するという方向に動き出したのだとみなす人もいます。そうした人は、アメリカ国務省のジョージ・ケナンが、1947年に海外の共産主義勢力の拡大を阻止する「封じ込め」を理論的に正当化するために「X論文」を書いたときのように、対中国についての国民的なコンセンサスがアメリカには出来上がっているのだ、と考えているのです。実際、こうした議論は日本にも伝わってきており、その趣旨での報道も多いです。日本の識者もそうおっしゃる人が多い状況です。
しかしそこは、よく注意しなければいけません。アメリカはもっと底が深く、ロシアや中国と同じような、世界から孤立した大陸国家です。つまりアメリカは、一国だけで1つの宇宙を作っているようなところがある。アメリカ合衆国という小宇宙なのです。
ですから、たとえばアメリカの中小企業の中には、投資してくれる出資主を血眼になって探しているスタートアップや中国に進出していくベンチャーはたくさんあります。それだけではなく、一部のアメリカの民主党員は、トランプ憎さで「トランプの敵は俺たちの味方」とみなすほど政治化しています。こうした政治風土もアメリカにはあるのです。
民主党のジョー・バイデン氏のように、「トランプはバカだ。彼は中国を敵だと決めつけているが、中国はパートナーだ」と考える人もいます。大統領候補になろうかというバイデン氏が今頃になってもそんなことを言っているということは、アメリカ社会はやはり相当に複雑であり、日本に伝わってきているアメリカ一色論とは、ニュアンスの違う底の深さ、奥の深さがあるのです。
●アメリカの奥深さは歴史が物語っている
中西 歴史をよく知る人は、このことがよくわかると思います。「X論文」でケナンは対ソ封じ込めの必要性を説きました。またイギリスではウィンストン・チャーチルが出てきて、鉄のカーテン演説によって反共外交を進めました。さらに当時の情勢では、チェコスロバキアをはじめ東ヨーロッパで次々とソ連の指導下で共産政権が樹立し、西側諸国の脅威とみなされました。
それはその通りです。しかし、こうした出来事によって、アメリカが一丸となり対ソ冷戦を開始するために国を挙げて動いたかというと、実際にはそうではありません。
歴史を正確に見れば、アメリカの社会が完全に冷戦体制になり、軍事予算を膨大に増やし、対ソ封じ込めを実体化した方向に動き出せたのは、金日成のおかげです。朝鮮戦争が始まって、初めてアメリカ社会は冷戦体制に切り替わるわけです。ですから、もしあの朝鮮戦争さえなければ、冷戦は定着しなかったと私は思います。
―― アメリカ国内がまとまらなかったということですね。
中西 はい。到底まとまっていません。アメリカの社会はそこまで深いものなのです。まとまって国全体が動くためには、何か激発的なものが起こらないとダメなのです。たとえば真珠湾攻撃や9・11など、悲劇のドラマが必要なのです。ですから、そんなことがあってもらっては日本は困りますが、たとえば台湾海峡で米軍の艦船が中国海軍に撃沈されて500人が一瞬にして命を失うなどの激発的事件がなければ、アメリカの国を挙げた対中包囲戦略は実体化しないでしょう。もちろんこんなことが起きてしまっては日本は困りますが。
こういった劇的な事件が起きない限り、政府が単に「サプライチェーンを切りなさい」と命じても、アメリカの経済界は言うことを聞かないでしょう。日本の経済界とはそこが違うのです。一片の通達や世の中の流れ、空気などで動く人ばかりではありません。
●アメリカの動きを仔細にみて、日本の方針を立てよ
中西 それからやはり、2020年の大統領選挙を目指して、「とにかく『トランプが敵だ』と言う者を味方にしなければならない」という党派性は、アメリカにおいて強くなりこそすれ、弱くはなってはいません。ですからこのようなことを考えると、今の日本の識者やメディアの間で一般的になっている、「アメリカは一丸になって中国に対抗している。これは覇権争いなのだ」という見解は、間違ってはいませんが、非常に端緒的なアメリカの動きだと考えるべきでしょう。
―― 定式というか、公式のように思ってはいけないということですね。
中西 そう考...