●背景その4:「自分たちこそスンナ派アラブの代表」という主張
4番目に注意しておきたいことは、このようなイスラム国が、自分たちこそスンナ(スンニ)派のアラブやアラブナショナリズムのあたかも代表であるかのように主張していることです。自分たちこそスンナ派アラブとイスラムの正統的継承者として、カリフを名乗り、カリフ国家をつくるという議論です。
ところが、このイスラム国は、北イラクを占領したときに、トルコの外交官たちを40数名拘束し、彼らを監禁したままです。トルコは、このイスラム国に対して比較的柔軟な態度を採ってきましたが、そういうことにはお構いなく、このスンナ派のカリフ国は、長い間スンナ派のカリフを持ち、オスマン帝国の伝統も持ち、今でもスンナ派に属しているイスラム共同体の重要な国の一つであるトルコを脅かしたという事実があります。
こうした点で、イスラム国の「自分たちこそスンナ派アラブの代表だ」というような主張は、トルコに限らず、アラブの国々にとって、大変不愉快だろうと思います。このようなポーズをとっていくイスラム国の存在に対して、国際世論やイスラム、中東の世論はもとより、アメリカもそれを不愉快と思うという情勢になっているのです。
●背景その5:「徹底した全体主義」を何とかするために動かざるを得なかった
第5番目に、こうしたイスラム国とは、どのような国であり体制なのかというと、あるパレスチナ系アメリカ人は「徹底した全体主義」「完全な全体主義」だと、このような表現をしています。
すなわち、イスラム国という集団にして国家は、ヨーロッパが第1次世界大戦後に確定した経済や政治、地理上の境界を無視しようとしている。この現実に対して、アメリカやイギリス、フランスをはじめ西欧の国々は不快感を持っている。のみならず、このように無視している現実の中で、シリアとイラクの国境が事実上、今消え去っている。そして、イスラム法を最も教条的、かつ、厳格に解釈することにより、イスラムに規定されている、手首を切るとか、あるいは、石投げで人々を死に追い込むといったような7世紀の固定された刑罰などを導入することによって、イスラムを彼らの言うところのカリフ国家として21世紀に実現していこうというような行為が見えてきているのです。
ヨーロッパやアメリカの指導者は、こういう現実を見て、しかも、そこでキリスト教徒などの少数派に対する迫害を見て、遅ればせながら「これは干渉しないと具合が悪い」と決意しているということになります。
イスラム国の悪夢のような、まさにこの世のものと思えない残虐行為は、驚くほどであります。例えば、北イラクにおけるヤズィード派に対する彼らの態度、対応は、ジェノサイド、いわゆる皆殺し、集団殺戮と言ってもいいものがありますし、イラクとシリアのキリスト教徒の共同体、カルデア派や、あるいは、アシリアンと呼ばれるような共同体に対するすこぶる粗野な迫害も目立つ点であります。イスラムへの強制改宗を迫っていくこと、あるいは、テレビにも時々出てくる、非常に忌まわしい、首を切っていくというような断頭の刑。それから、テレビで見る機会は当然ないのですが、磔にする刑である磔刑。きっと、キリスト教徒だということで、こういう磔刑を考えたのかもしれません。こういう磔刑や、それから、女性に対するレイプ。特に、非イスラム教徒のヤズィードやキリスト教徒の女性に対するレイプのみならず、彼女たちを奴隷として売り払っていくといったような行為が、現実に行われているということであります。
それから、戦時国際法や国際法というものを全く無視している集団として、彼らは、捕虜にしたシリアやイラクの正規軍の兵士たちを、集団で処刑する。このシーンはテレビにも出てきました。さらに、彼らの征服や統治に反抗したシリアの部族のメンバー数百人も処刑していくといったことを「徹底した全体主義」と名付けることは、まことに無理からぬ点もありましょう。
こうしたことに対して、「何とかしなくてはいけない」という機運が、イスラム、アラブの世論のみならず、彼らと提携しながら欧米もまた動かざるを得なかったことの原因になっているということです。
●背景その6:「これは米欧自身の問題である」という危機感
第6番目に、これは、アメリカやEU、ヨーロッパ自身の問題であるということに対する危機感です。このイスラム国の中には、往復のチケットを持って参加しているヨーロッパやアメリカのいわゆる白人、あるいは、そこにいて国籍を持つアジア系、南アジア系、中東系の人々が、このイスラム国の作戦行動に参加しているということが明らかになってきています。
この理由はなかなかに難しいのですが、彼らがジハード(聖戦)と考え、信じる行為に参加...