10MTVオピニオン|有識者による1話10分のオンライン講義
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飽和する世の中で何を求めて社会をつくっていくか?

2050年の世界を考える―21世紀のビジョン「プラチナ社会」

小宮山宏
東京大学第28代総長/株式会社三菱総合研究所 理事長
情報・テキスト
2014年8月3日開催「プラチナ未来人財育成塾@会津」におけるプラチナ構想ネットワーク会長・小宮山宏氏講演「2050年の世界を考える」を収録。次の世代を担う中学生たちに向けて、小宮山氏が熱く語りかける。(全17話中第7話目)
≪全文≫

●先進国の「豊かさ」を表す指標は何か


 さて、ここまでに述べたいくつかの意味で、今僕らが生きている世界は、本当に人類史の節目なのです。では、その節目は、どういうことに現れているのでしょうか。

 今や産業革命が世界中に行き渡ってきたり、いろいろな状況があります。「先進国だ」「豊かだ」と言っていますが、豊かさとは何でしょうか。日本のような先進国では、衣食住、移動、情報、長寿、これらを一般市民が手にしたのです。このフレーズは、一言一言がとても重要なのです。

 君たちは、「衣料がなくて寒くなるのではないか」などと心配はしたことがないでしょう。もちろんないはずです。「食べ物がなくなるのではないか」という心配もしたことがないですね。住居の心配なんて、もちろんしたことはないと思いますが、今、日本には5800万軒の家があります。一方、家族の数は5000万しかないですから、日本中では800万軒が空き家なのです。ぜいたくを言わなければ、どこかに家はあるのです。


●昔は一部の特権だった「衣食住、移動、情報、長寿」


 個人で考えてもそうでしょう。おじいさんやおばあさんの家が空いてしまうとか、もうすでに空き家になっているとか。日本ではもう15パーセントが空き家なのです。ですから、衣食住には基本的に困らないのです。

 それから、移動の手段ですが、ここに来るのに電車に乗ったり、飛行機に乗ったり、車で来たりしていると思いますが、自由に移動ができます。

 情報の手段としては、端末を持っていますね。情報の手段を持っているわけです。

 それから、長寿です。これなどは、昔は本当に一握りの人の特権でした。皆、飢え死に寸前の状態に近かった。だって100人のうち99人が農民だったのです。江戸時代に入っても100人のうち85人が食料をつくって、ようやく生きてきたという時代です。


●100年前の「赤とんぼ」の歌詞に庶民の生活をみる


 君たちは、「赤とんぼ」という歌を知っていますよね。

 「夕焼け小焼けの赤とんぼ、おわれてみたのはいつの日か」

 あの「おわれて」というのは、「追いかけられて」という意味ではありません。「おわれて」は「おんぶされて」「背負われて」という意味です。「夕焼けや赤とんぼを、おんぶしてもらって見たのはいつのことだったかな」という歌です。

 では、誰がおんぶしてくれたのだと思いますか?

 3番にその答えが出てきます。「十五で姐やは嫁に行き、お里のたよりも、絶えはてた」の「姐や」(年の若いお手伝いさん)がおんぶしたのです。

 でも、姐やって、誰ですか? 「お里のたよりも、絶えはてた」という「お里」が、姐やのお父さんやお母さんがいる所です。

 お里にお父さんとお母さんがいる。その両親はなぜ娘を姐やに出したのでしょう。君たちのお父さんやお母さんは、君たちをどこかへ姐やに出しますか?

 自分たちの元で育てたいのは当たり前だけど、お里では食べさせてやることができなかったのです。ですから、衣食住を提供してくれるお金持ちのところに、姐やに出したのです。

 ところが、15歳になると、姐やに来ていた人はお嫁に行ってしまったわけですね。随分早いですね。だけど、お嫁に行きました。それと同時に、「お里のたよりも、絶えはてた」。お里からそれまで「家の娘は、元気にしているでしょうか」と来ていた便りが、もうお嫁に行っていなくなったから、来なくな...
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