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歴史学を学ぶことに何の意味があるのか?

『歴史とは何か』を語る(1)歴史学とは何か

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/明治大学研究・知財戦略機構国際総合研究所特任教授
情報・テキスト
『歴史とは何か』(山内昌之著、PHP文庫)
歴史学とは何か。歴史家とはどのような仕事をする人なのか。歴史学を学ぶことに何の意味があるのか。分かっているようで分からない疑問に、歴史家・山内昌之氏が答えていく。シリーズ第1回。
時間:11:36
収録日:2014/10/08
追加日:2014/11/27
≪全文≫

●歴史学を学ぶことに何の意味があるのか


 皆さん、こんにちは。今日から数回に分けて、「歴史とは何か」について語ってみたいと思います。

 皆さんの中には、マルク・ブロックという名前を聞いた方も多いかと思います。フランスの社会経済史の専門家で、第二次世界大戦中、ナチスに対するレジスタンスでゲシュタポに捕まり、処刑された人物としても知られています。マルク・ブロックは、現役の歴史家の時、自分の子どもからこのような質問を受けたことがあります。

 「パパ、だから歴史は何の役に立つのか説明してちょうだい」。

 これは、なかなか良い言葉であります。マルク・ブロックの子どもの問いは、私自身、何度か子どもの時に考えたことがありますし、大学の教師になってから、学生たちや社会人の方々からも聞かれたことがあります。基礎科学でも、物理学や化学などは何のために勉強するのか分かるが、歴史学を学ぶことに何の意味があるのか、という素朴だけれど実に真剣味を帯びた問いです。

 また、イギリス人の歴史家にE・H・カーという人がいます。彼は岩波新書に入っている『歴史とは何か』という書物の著者ですが、歴史は絶えず進んでいく過程であると語ったことがあり、歴史家も過程を一緒に進んでいくと主張したのです。しかし、E・H・カーは、自身の専門であるソビエト・ロシア史の研究対象だったソ連邦が、あれほど簡単に、一瞬にして解体するとは思いもしなかったことでしょう。まことに歴史の悲喜劇というべきかもしれません。


●社会経済が歴史を考える重要な手がかりになる


 歴史にどのように関心を持つか、どのように接近するかについては、私もそうですが、どの歴史家にもそれなりのこだわりがあるものです。物理学や数学などの自然科学とは違い、同じ対象を選んでも、歴史学の場合は異なるアプローチによって別の結論が出てくる場合があります。それは、何が歴史家の興味を引くかという点にも関係します。その関心は千差万別なのです。

 先ほど紹介したマルク・ブロックは、1929年に友人のリュシアン・フェーヴルと一緒に、『社会経済史年報』という雑誌を公刊します。年報のことをフランス語ではアナールと言うため、「アナール派」という言葉ができました。

 アナール派とは、従来の歴史学が政治史に偏重していることを戒め、歴史の全体的な姿、全体史を追求したフランスの歴史家の流れです。歴史の基礎は社会経済史だという考えに立ち、新しい歴史学を唱えました。言い換えれば、歴史が人生を考えることや人について関心を抱くことと無関係ではないという立場を採ったということです。

 確かに、人は貨幣なしでは生きていけませんし、食物や住居なしに生きることもできません。その意味では、社会経済が歴史のあり方を考える重要な基礎、手がかりになるというのは、まことにもっともなことです。実際の人々の生活に身をかがめて事柄を見なければ、過去を正しく理解できないという事実もあるのです。


●歴史的研究での推測や考証は大事な知的挑戦だ


 ところで、ひょっとすると日本だけでなく世界各地でもそうかもしれませんが、現在の日本には、歴史の専門家たるものは、過去や現在から超越して、あたかもギリシアのオリンポスの壮大な神々たちと同じように、戦争の責任問題や犠牲者の数といった微妙な問題についても、客観的に(この客観的という点が大事なのですが)評価できると信じている人々もいます。

 他方、これとは別...
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