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「歴史とは何か」を歴史学者・山内昌之が書いた3つの目的

『歴史とは何か』を語る(2)歴史と人間、歴史と叙述、歴史と現実

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/明治大学研究・知財戦略機構国際総合研究所特任教授
情報・テキスト
マルク・ブロック(フランスの歴史学者)
山内昌之氏は最近、『歴史とは何か』という本を書いたが、その目的は三つあるという。一体何が山内氏を動機づけしたのか。シリーズ第2回。
時間:11:19
収録日:2014/10/08
追加日:2014/12/04
タグ:
≪全文≫

●歴史の本質は、時間にある


 しかし、人は誰もが正確に過去の事実を知りたい、多少でも将来を予測したい、現在知られている事実を後世の人に伝えたいという気持ちを持つものだと思います。ですから、ある日本人の歴史家の「歴史とは人間の本能に根差した学問である」という発言には、もっともな点があります。

 こうした観点から、最近私は1冊の本を書きました。ここに掲げている『歴史とは何か』というタイトルの本です。PHP研究所という出版社から出しましたが、この本を書いた目的は三つあります。

 第一の目的は、歴史を決定する時間の流れと人間の営みの関係を考えたいということです。歴史の本質は、時間にあります。歴史は、一にも二にも時間が大きな要素を持つ学問です。同時に、その時間の流れの中で、人間がどのような行動をしたか、どのような考え方をしたかを考えることも大事であります。

 つくづく思うのですが、どの世界のどの地域、日本でも中国でも、ヨーロッパ、イスラム世界でも、歴史の中では、人間世界の運命は単純には流れません。私たちは、人間の社会に、どうしても正義や公正、平等などの価値観を求めがちです。しかし、実際の歴史で起きている事件は、公正や正義とは関係ありません。むしろその逆方向に歴史が動くことが多いという事実があります。この点を私は考えてみました。


●天が指し示す道は、果たして正義か不正義か


 皆さんもご存知の司馬遷という人がいます。中国の前漢の時代、紀元前2世紀頃に生まれ育った人で、『史記』という本を書きました。私たち歴史を学ぶ者にとってはほとんどバイブルに近い書物の一つですが、その中で、司馬遷は「天道、是か非か」という有名な言葉を書いています。天が指し示す道は果たして正義か、あるいは不正義かという問いかけであります。歴史において、しばしば不合理な結果、不条理な結末が導かれるのは皆さんもご承知の通りです。

 もともと中国の道とは人間がつくるものとみなされているようですが、天が指し示す道である天道は少々違います。宇宙論的・コスモス的な規模の大きな流れの筋のことであります。天道は、しばしば人間個人が考える善と悪、正義と不正義といった価値観とは関わりのないものになることがありました。そこに表れるのは、人間の一般的な倫理の基準では推し量ることのできない世界の現実なのです。

 歴史のリアリティをつくるのは、人間の善悪や理非を超えて、人間の運命をとうとうと押し流していく時間の流れではないでしょうか。こうしたことが、しばしばこの本を書く私の頭をよぎりました。

 このような疑問は、それでは人間の営みは、歴史の流れの前では無力な存在なのか、全くなすすべもなく消え去る運命にあるのか、という非常にペシミスティックで厭世的な問いにも発展していきます。この本では、このような問題についても考えようとしました。


●叙述の軽視は、日本の歴史学の大きな問題点だ


 第二の目的は、前回でも少し触れましたが、私が年来こだわってきた歴史と叙述との関係を整理することです。歴史叙述の問題は、残念ながら、私も属した日本の現代歴史学に見られるすこぶる特徴的な現象であります。

 前回もお話ししたイタリアのモミリアーノという古代史の専門家は、歴史叙述の意味を問い続けた歴史家の一人でしたが、日本では翻訳も出されていませんし、仕事の内容は専門家以外に知られておりません。

 かつて東京大学における私の同僚だった本村凌二名誉教授は、「日本の外国史研究者は、緊張をはらんだ関係の中で歴史叙述という課題を感じ取っていない。これは問題ではないか」という指摘をしていました。私が言いたいことを本村教授が代わりに言ってくれましたので、本書中でも引用しています。

 つまり、私たちが受けた歴史学の教育や訓練では、分かりやすく論文を書く技術や作法は、ほとんどあるいは全く教えられてこなかったのです。叙述を軽視してきたのは、日本の歴史学の大変大きな特徴であり、問題点です。これは、前回も触れた「歴史は科学か、それとも文学か」という古くからの問いかけにも関連することです。今回、この書物で考えたかったことの一つです。


●ナレーションとドキュメンテーションの緊張関係


 第三の目的は、歴史と現実の関係についての問題です。私は現代のイスラム・中東を中心とする国際政治の事象について発言・研究することも生業としておりますが、その際に私が根拠とするのは、やはり歴史であります。ですから、歴史と現実政治の関わりや交錯について、自分なりに整理することも大事だと思っています。

 これは、社会科学と歴史学との...
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