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韓国のジャーナリストが著書で明らかにした日韓の密約

秘話を通して考える日韓関係(2)竹島をめぐる「爆破発言」と「密約」

若宮啓文
元朝日新聞主筆
情報・テキスト
出典:外務省ホームページ (http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/index.html)より
日韓ののどに刺さったトゲとされる竹島の領有問題。戦後はその所属をめぐってGHQの判断も日韓の間で揺れに揺れた。日韓の国交交渉では両国から「いっそ爆破してしまえばいい」との発言が飛び出した難題だけに、問題を棚上げする「密約」もあったという。「竹島問題」の複雑な経緯について、若宮啓文氏が語る。(後編)
時間:16:31
収録日:2014/09/11
追加日:2014/12/10
ジャンル:
≪全文≫

●「こんなに面倒な島は爆破せよ」と言われた竹島


若宮 日韓の間で竹島が問題になっています。少なくとも日本側では、これほど竹島について大騒ぎしたことはかつてなかったのですが、最近では双方がヒートアップしている感があります。

 この問題で一つ面白いのは、「こんなに面倒な島なら、爆破してしまえばいい」といった発言が出たという話が、日韓の両方にいくつもあることです。

 日韓交渉で両国の国交を正常化する時に、竹島の帰属だけはどちらも譲れないものでした。日本政府はもちろん「固有の領土である」と言っていますが、韓国政府も同様のことを言います。歴史的に見ると、いろいろないきさつがあり、とても複雑なのです。戦後は「韓国に一方的に取られてしまった」と日本人は思っていますが、そう単純でもありません。

―― なるほど。李承晩が一方的に取ったということでもないのですね。

若宮 結果はそうなのですが、戦後間もない頃にGHQが線引きをしています。戦後5カ月ほどの1946年1月に引かれた線があり、鬱陵島、竹島、済州島は韓国に入るとしたものです。


●マッカーサー・ラインと日本の巻き返し


若宮 同じ1946年の6月に通称「マッカーサー・ライン」と呼ばれる線が海上に引かれます。ここから12海里以内に日本の漁船は入ってはいけないということになり、「李(承晩)ライン」のもとにもなります。その時にも、竹島は韓国側に入っていました。「李ラインで一方的に奪われた」と言いますが、当初のマッカーサー・ラインでもそうなっていたのですね。

 ところが吉田政権の下で、日本は猛烈に巻き返しを図ります。さまざまな証拠を挙げ、韓国の主張はおかしいということで、アメリカの決定をひっくり返してしまうのです。

 日本は近代国家として先にいろいろな体裁を整えているし、竹島を編入した時の書類などもそろっている。一方の韓国は解放間もないですから、それほどしっかりできる状況ではなかった。それで、日本側の出した証拠が重視されたのです。

 当時、日本にいたウィリアム・ジョセフ・シーボルトさんという大使は、夫人の母親が日本人だった関係もあり、大変な親日家でした。彼は吉田茂に対する信頼が厚く、「日本のチャーチル」と呼んでたたえる一方、李承晩については「ファシストではないか」と警戒視していました。


●サンフランシスコ講和条約直前に引かれた李ライン


若宮 いずれにせよ、日本側は竹島の領有について、マッカーサー・ラインの取り消しに成功します。そこで、1951年のサンフランシスコ講和条約では、日本が返還すべき島のリストから竹島が消えてしまったのです。

 李承晩は怒りました。日本に怒っただけではなく、「一方的に何だ。話が違うではないか」とアメリカにも怒っていたのです。それで、講和条約が発効する直前に李ラインを引き、その中に竹島を入れたのです。

―― その頃はもう、朝鮮戦争が始まっていますよね。

若宮 始まっています。それもあって、とにかく「ここで譲ってしまうと、韓国の将来に関わる」と思ったのでしょうね。ですから、韓国の人に言わせると「別に李ラインだけではない。そもそもはマッカーサーが引いたラインの中に竹島は入っていた」ということになります。

 とにかく、そこで対立していては、交渉がうまく進まない。しかし、何とかしなくてはいけない。そのような状況の下で、最初の「爆破発言」が出てくるのです。

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