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イスラム国掃討には2つの世界大戦より時間がかかる

イスラム国とクルド独立(1)イスラム国と世界のジレンマ

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/武蔵野大学国際総合研究所客員教授
情報・テキスト
2014年は、イスラム国成立の年として歴史に刻まれるだろう。「それ以前の中東に戻ることは考えづらい」と歴史学者の山内昌之氏は言う。2015年、第二次世界大戦敗戦から70年を迎える日本は、イスラム国をどう見るべきなのか。山内氏がそのポイントを提示する。(全3話中第1話目)
時間:06:33
収録日:2014/12/12
追加日:2015/01/21
カテゴリー:
≪全文≫

●中東の国境を変化させるイスラム国とクルド


 皆さん、こんにちは。現在、中東におきまして、アラブ諸国の国境が変化し、あるいは、消滅を招きかねない戦争が進行しています。シリアとイラクにまたがるイスラム国が近隣諸国と対決しているのですが、最近ではこの中の重要な要素として、クルドとイスラム国の対立も挙げられるかと思います。

 いずれにしても、今やクルドは事実上の独立国家に向かおうとしています。イラク北部には以前からクルド地域政府(KRG)が設けられていますが、ここを中心とした自立への動きを強めています。クルドがこのように独立国家の形成に向かうと、イスラム国の成立と並んで、中東政治の枠組みが大きく変化することになります。


●2014年以前の状態に戻ることは困難なイラクとシリア


 つまり、2014年6月、イスラム国が自称「国家」として成立する以前と以降では、大きな違いが生じているのです。現在の動きを見ていると、2014年以前の中東に戻ることは、考えづらくなっています。

 これは、イラクがすでに統一国家としてのまとまりを失っていることを意味します。イラクの北部では、クルドがキルクークを、イスラム国がモースルを現実に占有、占領している状態です。他方、シリアにおいては、国内の分裂や亀裂が、もはや回復し難いほどに進行してしまい、内戦発生以前の統一状態に戻ることはほとんど困難になっています。

 すなわち、イラクとシリアの双方において、国家の枠組みが2014年以前の体制に戻ることは、難しくなっているということです。


●問題はアメリカ中心の有志連合軍がイスラム国の要所を空爆壊滅できないこと


 イスラム国は、2014年末時点で、イラクとシリアにまたがる地域において、およそイギリス相当の面積を支配し、レバノン国境でも衝突を強めています。

 ここで非常に興味深いのは、イスラム国が支配している地域はアフガニスタンとは違うということです。アメリカの空爆等々を避けてトラボラ山地部に逃れ、洞窟を中心に抵抗と闘争を続けたタリバンとは状況が違います。イスラム国は、モースルをはじめとして、イラクとシリアにまたがる都市、あるいは、都市と都市を結ぶ交通路の要所を占拠しているのです。

 このように都会と地域を支配しているにもかかわらず、アメリカを中心とする有志連合の軍は、彼らを空爆によって壊滅することができません。これが、問題のポイントです。


●アルカイダに代わる存在となったイスラム国掃討のコストと年月


 しかも、最近のイスラム国は停滞気味のアルカイダに代わって、「テロと暴力」の政治舞台における主人公になってきています。すなわち、新しいイスラムの戦場、新しいイスラムの戦旗を求める若い世代にとって、イスラム国はアルカイダに代わる新しいヒーローのような存在になってきたのです。このように、非常に歴史的な現実に私たちは直面しています。

 しかし、イスラム国を掃討したり、対決するといっても、口で言うほど簡単ではありません。もしもアメリカがイスラム国に対する本格的掃討に乗り出すとすれば、どれほどのコストを要するのか。これは、大変悩ましい問題で、一説にはアメリカの戦争経費は200億ドル以上になると伝えられています。

 先般来日され、私自身もお話しする機会のあったヨルダンのアブドゥッラー国王によりますと、イスラム国の掃討には10年かかると言います。さらに悲観的な説があり、アメリカの元国防長官レオン・パネッタ氏は、イスラム国掃討には30年かかると言っています。


●二度の大戦後の秩序を否定するイスラム国を新しい歴史感覚と世界観で見る必要がある


 10年説と30年説のいずれを採るとしても、20世紀を苦しめた第一次世界大戦第二次世界大戦が費やした年数より多くなります。第一次世界大戦勃発から100周年を経た現在、私たちはイスラム国の存在にさらに注視する必要があるのです。

 さらに2015年は、日本が第二次世界大戦で敗戦してから70年になります。このように、第一次世界大戦100年と日本の第二次世界大戦における敗戦70年という節目の時期に、第一次世界大戦でつくられた秩序を否定し、第二次世界大戦後につくられた中東の国家を否定するイスラム国が大変な勢いで伸びていることについて、戦後70年を経た日本人も、新しい歴史感覚や世界観をもって見る必要があるでしょう。

 それでは、今日はこれで失礼いたします。
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