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歴史が証明する「本当の勇者、智者」とは?

「イスラム国(ISIL)」日本人殺害事件に際して~私たちが得た教訓ととるべき態度

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/明治大学研究・知財戦略機構国際総合研究所特任教授
情報・テキスト
テロの歴史で一番凶悪な部類に入るイスラム国の事件から得られた教訓や、今後私たちがとるべき態度とはどのようなものか。イスラム研究の第一人者・山内昌之氏がイスラム国日本人殺害事件を語る。(シリーズ講話第1話目)
時間:17:12
収録日:2015/02/03
追加日:2015/02/10
≪全文≫

●イスラム国はテロの歴史で一番凶悪な部類


 皆さん、こんにちは。今日は、イスラム国の問題と、イスラム国に拉致監禁されていた後藤健二氏と湯川遥菜氏の不幸な最期について少し考えるところを申し述べたいと思います。お二人のまことに不幸な最期には、言葉もない次第です。日本と世界に深い悲しみと悔やみの念が広がっています。謹んでご冥福をお祈り申し上げたいと思います。

 イスラム国の犯罪は、テロの世界史の中でも一番凶悪な部類に入ると言ってよろしいかと思います。もともとテロとは、独立運動や抵抗運動が行われたとき、支配者や強国に対して、ときにずっと辛抱していた感情がほとばしり出た弱者の抵抗として行われることが多かった「政治テロ」に関係しています。

 世界史上、特に近現代のテロは、当事者間の関係に限定されてきました。ところが今回の事件は、独善的な宗教解釈や政治目的のためならば、直接関係のない人、罪のない人の殺害も正当化されると主張した点で、歴史的に見てまことに類をみない凶悪犯罪と言わなければなりません。

 イラクとシリアにまたがる領域を実質的に支配している疑似国家・イスラム国の犠牲になっている一般住民の皆さんたちの苦境を、改めて思わざるを得ません。イスラム、特にスンナ派世界の人々は、カリフを戴いたイスラム国家を自負し、宣言し、自らの存在を正当化しているイスラム国の本質を正面から批判する義務を課せられたと言わなければなりません。

 シナイ半島やリビアでもイスラム国の支部を名乗るテロ活動が起き、またパキスタンではシーア派を襲撃し、多くの死傷者を出したテロも目立っています。今後も各地におけるテロには警戒が必要です。


●人道支援や開発援助の意味を発信すべき


 後藤さんの殺害に際して、イスラム国は「これからも日本人をテロの対象にする」と言っていますが、そこで私たちが注意することがあります。それは、イスラム世界やムスリムの人々が日本を敵視していると考えるのは間違いだということです。

 イスラム世界の中でも、ごく一部の人々が支持、共感するに過ぎないイスラム国の犯罪に対して、アラブ、トルコ、イランといった地域の一般のイスラムの人々は、むしろ激しく憤っています。ですから、私たちはこれを機会にイスラムに不必要な敵対心を持つ、あるいは中東に対する嫌悪を強めてはならないのです。

 むしろ、日本外交がこれまで追求してきた非軍事的分野の人道支援や開発援助をきちんと続けることを、正面から力強くメッセージとして発信すべき時が来たと言わなければなりません。安倍晋三首相はこの点を明言していますが、私は、さらに強く文明論的に日本の人道支援や開発援助の意味を世界に向けて発信すべきだと考えています。

 イラクやシリアには、イスラム国が関与した戦争や内戦によって大量に生み出された難民がいます。彼らは今、周辺のヨルダンをはじめ、トルコやエジプト、レバノンなどに避難を求めています。この難民に対して日本が救済援助するのは当然のことで、こうした行為があたかもイスラム国の報復を招いたとする主張は、少数とはいえゆゆしき発言です。私はこうした論調には全く賛成できません。平和を愛する善意の国・日本が、テロの言い分に屈して、シリア、イラクの難民や、彼らを受け入れているヨルダン政府と国民を見捨てることがあってはなりません。


●危険を少しでも感知したら、戻る勇気を


 後藤さんの悲劇やそこから得られる教訓についても、少し考えてみる必要があろうかと思います。今回の一件から一番衝撃を受けていると同時に、学ぼうとしている人々は、危険地に出ることの多いフリージャーナリストの人たちでしょう。ガイドや通訳を信頼しすぎることの怖さ、会ったこともないガイドと電話だけで接触し、未知の土地に入る怖さを私たちに教えてくれました。

 安全と危険の間にははっきりした線があるわけではなく、グレーゾーンがあります。気がついたときには危険な地域にいることも、危険地域から次第に安全な地域へ戻ってくることもある。このように境界が漠としていて、見極めるのが難しいことは確かです。

 しかし、人間には本能が備わっていますから、危険を少しでも感知したら、特に出かけたことのない土地に踏み入れるときに少しでも本能のシグナルを受け止めたときは、戻る勇気を持たなくてはならないでしょう。

 このことをよく知っている後藤さんのようなベテランジャーナリストでさえ、イスラム国の罠、陥穽(かんせい)に嵌(はま)ったのですから、経験の少ない若手には十分に気を付けて欲しいと思います。さまざまな場景、現場の写真撮影や、人々へのインタビューに情熱を傾ける若い記者やジャーナリストたちが、使命感を尊ぶあまり、自らの生命を懸ける事態になることだけは...
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