●中東の変革の核となる現象-イスラム国
皆さん、こんにちは。中東情勢がますます混迷を深め、かつ、今後の情勢の展開が複雑さを増してきています。私は、中東の情勢を考えるにあたり、大きなパラダイム変換が起きているということ、つまり、ものを見る目の枠組みだけではなく、対象そのものが大きな変容を遂げているということを、まず大づかみに理解しないと、大局的には理解できないと考えています。イデオロギー、社会、政治、地政学、そして戦略、あるいは軍事、こうしたさまざまな領域において、世界で一番大きな変革を遂げているのは、中東であろうかと思います。
この中でも一番印象的なのは、「イスラム国」と呼ばれる現象です。このイスラム国現象はご案内のように、シリアとイラクとの間の国境や、境界を無視することによって、新しい地域が現出したと考えてよろしいかと思います。
日本政府は「イスラム国」というように「国」という名前を使うと、あたかも、独立国家、あるいは承認した国家のようなニュアンスがあるから使わないということで、もともとの組織名の略である「ISIL」を使っていますし、また、NHKは普通、“イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」”というように呼ぶようです。それぞれの立場もありますので、そのこと自体は間違ってはいないのです。
しかしながら、そういうことを言う反面、あまり窮屈に考えると、実際に起きている現象、すなわち中東においてこのIS(ISIL)が支配し、彼らが君臨している地域が、イラクとシリアのまたがる砂漠地域を中心に厳然と存在しているという現実から目を背けるということも許されないのでありまして、そこに注意する必要があります。
●新イスラムイデオロギーとして発展したIS
いずれにしましても、このISの発展は、最近になって急浮上したのではなく、長い間の変化の結果だということを見ておかなければなりません。イデオロギーのレベルで申しますと、古いアラブ社会主義、あるいは社会主義へのアラブの道といったナーセル(アラブ連合共和国初代大統領)時代の社会主義的な現象、これが消滅する、あるいは古ぼけてくる。それから、パン・アラブ主義、汎アラブ主義や愛国主義というようなイデオロギーが衰える。それによって残された真空が、新旧のイスラム主義、新しい種類であれ古い伝統的なものであれ、ともかく、イスラムイデオロギーによって満たされているという現実が浮かび上がってきたのです。
この変化したイスラムイデオロギーについては、信仰に正しく生きる人からすれば、「ISはイスラムではない、イスラムとは平和の宗教だ」と語るのです。しかし、私が申したいのは、このISが、ともかくイスラムというものを基盤に自分たちのイデオロギーをつくっている事実は、否定できないということです。そして、このISなりのイスラムイデオロギーに若者たちが集結しているということが深刻なのです。つまり、「アラブの春」といった諸革命、各国におけるアラブの春の革命の失敗に挫折した若者たちは、こうしたISに、自分たちの活躍する舞台を代わりに見出したという面もあります。
●旧体制に反旗を翻した三つの勢力
政治的に申しますと、20世紀の大部分、中東の大半はさまざまな種類の権威主義や、独裁的な体制によって支配されてきましたが、21世紀の初めになりますと、人々はこうした中東の抑圧的な体制やシステムに反旗を翻したのです。
そのような勢力については、大きく分けて三つ考えられます。第一には、クルド人やクルド民族のようなエスニック集団です。第二には、アルカイーダやISのようにマージナル化し、イスラム本体や中核からは外れてその周辺に存在し、かつテロリズムというものを行使し、自らは宗教集団と名乗っているようなグループです。三番目は、他ならぬアラブ各国においてアラブの春を主張し、そこで自ら立ち上がって、イスラムの歴史においてつくられてきた抑圧的、献身的なアラブの体制を倒そうとした人民大衆たちであります。
●中東の対立現象-既存国家解体と新勢力出現
こうした変革の結果、献身的な国民国家であり、バアス党に支配されたサッダーム・フセインのイラク、アサド親子によって支配されたバアス党のシリア、そして独裁者であるムアンマル・アル=カダフィが支配するリビアといった国々において大きな変革や革命が生じました。そこまではまずまずだったとしても、こうした国々が、いまや破綻国家に変換し、少しずつ解体の淵に面しているということが今、私たちが直面している現象であります。
このようにして没落しているアラブの国民国家と、中東の地政学においてぽっかり生じた真空、この空間を満たすのが何かというと、さまざまな非国家主体であるグループです...