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学校では早い段階からソフトウェア教育を行うべき

来るべきシンギュラリティの時代

齋藤ウィリアム浩幸
株式会社インテカー代表取締役社長/内閣府本府参与
情報・テキスト
これから訪れる「シンギュラリティ」によって、大きなパラダイム・シフトが起こるといわれている。その核になるのはソフトウェアであり、プログラミング言語をもっと教育に組み込むことが、グローバル社会に対応できる人材育成につながる。内閣府本府参与でサイバー・セキュリティの専門家である齋藤ウィリアム浩幸氏が、来るべき「シンギュラリティ」の時代に必要な教育のあり方を語る。
時間:12:54
収録日:2015/02/19
追加日:2015/03/26
≪全文≫

●シンギュラリティ時代の到来


齋藤 ダボス会議もそうですが、さらにもう一つの問題で、この1年間ですごく増えてきたと私が思うのが、「シンギュラリティ(技術的特異点)」という話です。10年以内に、人工知能が人間の処理能力を超える時代が来て、そういう中で時代が変わっていくわけです。

 分かりやすいのは、パソコン産業です。30年前ですとIBMなどの巨大なメーカーでやっていましたが、今はもうコンピュータなどどこにでもあります。パソコンを売るだけでは食べてはいけないような状況です。もう一つ分かりやすいのは、携帯電話ですね。ついこの間まで、ノキアがナンバーワンでした。でも今は、会社自体がない。このようにどんどん変わっていきます。日本の場合だと、カメラですね。ついこの前までは、ニコンとキャノンが、光学系技術でほとんどのマーケット持っていましたが、今はプラスティックレンズのセンサーさえあれば、カメラは数百円でつくれます。

 さらに私が今すごく心配しているのは、車産業ですね。今まで日本はエンジンやトランスミッションの分野で戦っていて、他の国はなかなか入り込めなかった。でも今は、モーターと電池さえあれば車がつくれます。インドでは、まあまあいい車が30万円で買えます。


●ソフトウェア教育を強化せよ


齋藤 何が言いたいかといえば、このようにパラダイム・シフトした一番の原因は、ソフトウェアなのです。ただ残念ながら、日本の授業で最初にソフトウェアに触れられるのは、大学なのです。他の国と比較すると、アメリカやヨーロッパは小学校から始まっています。私が知っている国だと、小学1年生からやっています。プログラマーをいっぱいつくろうとか、スーパープログラマーをつくろうとは言いませんが、やはり基礎を知っておかないと、私はまずいと思います。これからいろいろな技術がシフトするときには、ソフトウェアが全てのきっかけになるのです。

 日本はソフトウェア教育が弱い結果、そういうシフトに対して、なかなか対応できないと思います。私も、文部科学省ではいろいろな委員会を通じて言っています。プログラミングも言語というくらいですから、英語のようにちゃんと教えていかないといけないと思います。でも言うのは簡単で、ふたを開けると、教員が文句を言うなどのいろいろな問題が出てきます。その中で、どう導入していくか。こういうことをやっていかないと、日本の子どもは、これから社会人になるとすごくかわいそうだと思います。

── 世界の共通言語は、機械語なわけですよね。それを大学生になって少し触るか、小学生からやるかで、発想力は天と地の差になってしまいますよね。

齋藤 また、先ほどの話ではないですが、プログラマーがいない結果、サイバー・セキュリティにも響くのです。サイバー・セキュリティは、安全保障マター(問題)だと私は思います。安全保障なのに、プログラマーがいないから何もできない。こればかりは他の国から人を呼んでやってもらうということはできないと思います。ですが、できるプログラマーがいないのです。ですから、プログラマーがいないというのは安全保障マターだというくらい、慎重に検討すべき、かなり大きな課題だと思います。すぐにやっていかないといけないと思います。そういったことを、文部科学省でいろいろと提言しています。

── ソフトウェアや機械語と最も遠い人たちと議論している状態は、すごく歯がゆいですよね。小さい頃、明らかにキャラクターやアニメなどをよく見ていなかった人が、ねずみ色のスーツを着て、この問題をやっても、駄目ではないかと思います。齋藤さんが言われて分かりやすいと思うのは、全部二重投資だということですね。一番肝心な、感性が育つときに、恋愛もできないし、好きな映画も好きなアニメもキャラも見ていない。感性がすごく弱くなってしまっている人たちが、日本の場合、受験勉強の勝ち残り組として仕事をしている。ここから決定的に違ってきているのではないかと思います。

齋藤 それもありますし、私も学校で教えていて気付くのですが、「失敗」が悪い言葉になっているのです。でも、結局は皆、失敗するのです。もちろん社会人になって初めて大きな失敗をして落ち込むというのは、分かります。エリートの人ほど、いきなり変なところで失敗すると駄目になってしまうという気持ちも分かります。能力の格差もあるので、いろいろな失敗をするのは仕方がないです。しかし、場合によっては「失敗は必要だ」ということを教育に反映することも私は大事だと思います。

 こういう話をしておけば、守りに入らないのです。例えばプログラミングの関係でもう一つ言えるのは、日本の問題は、高校で文系と理系を分けることです。しかしプログラミングには、文系も理系も関係ないの...
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