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憲法違反にならないよう参拝に数々の工夫を施す

靖国神社の参拝がなぜ問題になるのか(3)中曽根首相の公式参拝とその中止

若宮啓文
元朝日新聞主筆
情報・テキスト
出典:首相官邸ホームページ(http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/souri/71.html)より
私的靖国参拝をした三木首相の10年後、中曽根総理は公式参拝をしたが、中国のA級戦犯合祀批判の浮上や胡耀邦総書記の失脚などの結果、総理は公式参拝を中止。中国の賠償放棄による合祀批判や対日的愛国教育の面からも首相の公式参拝を考える。
時間:12:43
収録日:2014/02/12
追加日:2014/02/24
ジャンル:

●「公式」を打ちだした中曽根総理の靖国参拝

靖国神社の参拝問題の続きです。前回は、三木さんが戦後30年を期して、8月15日にお参りしたという顛末をお話しました。それから10年後に、今度は戦後40年を迎えるわけです。そのときに、今度は中曽根康弘さんが総理大臣として8月15日に参拝するのですが、三木さんとはまったく違って、これを内閣総理大臣としての公式の参拝にするという方針を打ち出したわけです。
それまでも三木さんのあと、何人かの総理が靖国神社を参拝することがありました。中曽根さんも、実はこの公式参拝の前に、何度も靖国神社を参拝していたのですが、この8月15日に、それまでは「公式とか私的とかは言いません」などとあいまいな形でお参りしていたのですが、中曽根さんらしく、「それではいけない。戦後40年にあたって、はっきりと公式参拝をしよう」ということを打ち出します。それで挙行したのが、1985年の8月15日だったわけです。
みなさん、ご記憶でしょうか。群馬県の御巣鷹山に日航ジャンボ機が墜落して、大変な犠牲者が出たことをご記憶かと思いますが、それが同じ年の8月12日ですから、3日前のことでした。そういう騒然とする中だったのですが、それとは別に、中曽根さんは、靖国神社に閣僚たちをぞろぞろ引き連れて、仰々しくお参りをしたわけです。

●憲法違反にならぬよう参拝の形に工夫を施す

私は三木さんの参拝のときに、若い政治記者として取材にあたったというお話を前回しましたが、たまたまこの中曽根さんの公式参拝のときも総理官邸を取材する立場にありまして、この顛末を取材しました。
当時、靖国問題というと憲法問題との兼ね合いが難しかったわけですから、中曽根さんはこれをなんとかクリアしようということで、内閣のもとに有識者を集めて懇談会を開きました。そして、なんとか憲法にそむかない形で参拝ができないかということで、答申を出してもらうわけです。なかなかすっきりした答申とは思いませんでしたけれども、それでもいくつかアイデアを出して、憲法違反にならないようにということで参拝しました。
例えば、お参りに行っても、本当ならあそこの神社では、拍手の仕方、お辞儀の仕方に形式があるわけです。そこで、そういうものをとらずに、昇殿して、一礼して深くお辞儀するということで済ませたり、あるいは、玉串料を出すというと問題なのですが、供花料、お花代として政府からお金を出すというようなことをして、参拝を済ませたわけです。そして記帳には、「内閣総理大臣 中曽根康弘」と書いてきたということです。

●中国はA級戦犯合祀を批判のターゲットに

国内では、その前から反対する人たちは大変に反対していたわけですが、いざやってみたら予想外なことが起きました。
少し事前に警告するような動きはあったのですが、実際には、中国の地方でそれに抗議する運動が大変盛り上がるといった現象が出てきたわけです。中国も、公式に報道機関がこれを大きく批判する記事を掲げるということになってきました。
なぜ中国が反対したのか。これは、日本の憲法問題とは関係ないのです。日本の憲法ではなくて、「靖国神社には一般の兵隊だけでなくて、戦争を指導したA級戦犯の霊が祀られているではないか。そういうところに総理大臣が仰々しく公式に参拝するというのは、戦争責任をあいまいにするもので、あるいは、戦争指導者を美化するようなことにつながりかねない」ということで、A級戦犯の合祀というのを批判のターゲットに持ってきたわけです。
これはどういうことかと言いますと、実は、靖国神社は、もともと兵隊さんの霊を祀るところですから、その戦争を指導した当時の首相、東條英機さん以下A級戦犯として裁かれたような人たちを祀る施設ではなかったはずなのですが、いろいろな要求もあったのでしょう、1978年に、戦死ではないけれど、公務死であるとし、こうした人たちの霊も祀ることになりました。「東京裁判の結果裁かれて死刑になった、それも公務の一環であるから戦死とみなす」というような解釈で、合祀してしまったわけです。
それが翌年になって明らかになりまして、少しずつ波紋を広げていたのですが、それでも中国は、1985年まではそのことをあまり公に騒ぐことはなかったわけです。今も「中国や韓国が突然批判をするのはおかしいではないか」という見方もあるわけなのですが、いずれにしても、中曽根さんが公式参拝を打ち出したということで、これはもう看過できないということになったのだろうと思います。

●アジアからの孤立を防ぐために翌年の参拝を断念

同時に、中国では当時、鄧小平さんというドンがいたわけですが、この鄧小平さんが大変かわいがっていた胡耀邦さんという大変開明派の人が総書記という立場で、中曽根さんと非常に気脈が通じ...
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