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強い影響力を持つロシアの中東政策

ロシアの中東政策(前編)欧米が持たない「てこ」

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/武蔵野大学国際総合研究所客員教授
情報・テキスト
サウス・ストリームパイプラインの計画ルート
プーチン政権の国際的影響力低下を指摘する見方もある中、中東史を専門とする歴史学者・山内昌之氏(東京大学名誉教授)は、ロシアの中東に対する影響力はますます強くなっていると見ている。中東という駒を巧みに使い、アメリカやEUの中東地域に対する影響力を阻止しようとするプーチン、ロシアの外交の特徴とは何か。ロシア外交史にも触れながら国際情勢のひだに分け入る。(前編)
時間:13:38
収録日:2015/03/24
追加日:2015/04/11
カテゴリー:
≪全文≫

●中東に影響をもたらす「てこ」を持つロシア


 皆さん、こんにちは。今日は、プーチン政権と中東という問題について少し考えてみたいと思います。ウラジーミル・プーチン大統領の政策は、ウクライナやクリミアをめぐって欧米の制裁を受けているために、ロシアとプーチンの政権基盤や政策の説得力は弱められているという考え方があります。そして、ロシアは国際的に孤立し、その国際的な影響力も弱体化しているということを、しばしば指摘する向きもあります。確かにロシア経済は停滞している面もありますし、ロシアだけではなく石油価格が全体的に下がっていることもロシアに対して打撃だ、という説もあるのです。

 しかし、プーチンは中東において、以前と同じように決してその力や影響力を失っていないように思います。むしろロシアの権力や影響力は、中東において、この半年間でますます成長したかのように見えるというのが私の考えです。なぜならば、モスクワは中東に対して、その行く末を左右する鍵となる地域のファクターを非常に多く持っており、それによって、レバレッジ、物事を動かしていくてこを持ち、あるいは、それを高めているかのように思えるのです。すなわち、ロシアの安全保障との関係で、中東においてアメリカやEUの目標の促進を阻止し、邪魔をするようなレバレッジをロシアは持っているのです。


●国際社会での影響力発揮に中東を利用するロシア


 では、それは何かということについて考える前に、少しここで外交史をおさらいしておきます。

 プーチンは、対米関係やあるいは日本を含むようなアジアとの関係、またはEUとの関係など、全体としてより大きな国際システムや国際関係の中で、相対的に自分の権力やパワーをどこに置けば一番影響力が発揮でき、有利な立ち位置を確保できるかということや、それを工夫したり強める手段として、ロシアの中東政策や中東での姿勢を捉えている節があります。

 思い起こせば、1980年代のミハイル・ゴルバチョフの外交は、EUやアメリカとの接近によって、従来の冷戦下においてロシア共産党国際部やソビエト連邦の外務省が伝統的に図っていた冷戦の戦術に終止符を打ちました。

 ソビエトの冷戦構造とは、例えば、中東において西側と妥協やバーターを図ることによって、中東で仲介役を果たし、地域紛争を自分に有利なように操作し、それによって、グローバルな冷戦構造の中で、アメリカに対して優位な地位を持っていく、というようなことでした。簡単に申しますと、中東のゲームは手駒であり、本質的に大きなゲームは、グローバルなアリーナにおけるゲームだということなのです。ゴルバチョフはそうしたことから身を引き、中東に関しても、簡単に言うと身を引いたわけです。これが湾岸戦争の引き金になったということもできるわけですが。

 プーチンは、今やそうしたゴルバチョフが否定した時代以前に戻って、中東を一種ダミーとして、あるいは代理戦争の場として使い、アメリカやEUに対して有利な地位に立とうとしているかのように思われます。


●トルコ、イラン、シリアを鍵に欧米を牽制


 プーチンは、特にトルコとイランに対して影響力を及ぼそうとし、その影響力を拡大することにある程度成功しています。また、シリアに対しては、EUもアメリカも持ち得ない影響力を発揮しているということです。

 トルコとイランは、中東において最も重要な国であり、この最も重要な2カ国は今、EUやアメリカが一番影響力を及ぼしづらい国になっているということを見ておかなければなりません。選ばれたばかりのトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は、ロシアという資源大国に対して、エネルギー依存をますます強めているかのように見えます。もっともトルコは、依存はしているけれども、それは相互依存であるとみなしているのです。

 他方、イランについても、油価が下落し、西欧が各種の金融制裁等々を課している中で、ロシアに近づかざるを得ないという現状になっています。イランにとってロシアという国は、ある意味では伝統的な敵国であり、領土を奪われ煮え湯を飲まされてきた国です。この点で、イランとトルコは、ロシアに対して決して心を許していないところがありますが、そうした接近はやむを得ないと考えている節があります。

 しかしながら、事態の深刻さとは、この両国をして、必ずしもロシアに対して敵対的関係を持とうというようにはならないということです。ロシアは、シリアの内戦がこれ以上エスカレートしないように外交的にコントロールでき、そして、レバレッジを持っていますが、ヨーロッパやアメリカは持っていません。シリアのアサド政権に対して影響力を持っているロシアは、シリアの内戦をある程度コントロールできる立場にあるのです...
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