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テロや海賊への再度の対処でスパイラルな変化に適応

わが国の防衛法制の変遷(4)特別措置法と自衛隊の活動

吉田正紀
元海上自衛隊佐世保地方総監/一般社団法人日本戦略研究フォーラム政策提言委員
情報・テキスト
安倍政権が提起した集団的自衛権行使と憲法解釈の問題は、日本中で論議となっている。世界の枠組みと動きによって変遷してきた日本の安全保障。その根幹となったのが憲法とともに、日米関係と防衛法制であったことに、われわれは正対する時を迎えたのだろう、と前海上自衛隊佐世保地方総監・吉田正紀氏は語る。(全4話中第4話目)
時間:13:11
収録日:2014/09/24
追加日:2015/06/04
安倍政権が提起した集団的自衛権行使と憲法解釈の問題は、日本中で論議となっている。世界の枠組みと動きによって変遷してきた日本の安全保障。その根幹となったのが憲法とともに、日米関係と防衛法制であったことに、われわれは正対する時を迎えたのだろう、と前海上自衛隊佐世保地方総監・吉田正紀氏は語る。(全4話中第4話目)
時間:13:11
収録日:2014/09/24
追加日:2015/06/04
≪全文≫

●年金問題によって生じた「ねじれ現象」で「テロ特措法」終了へ


 ここで、特別措置法と自衛隊の活動、そして国会の状況について、それぞれにもう少し詳しく説明申し上げます。

 「テロ特措法」は、2001年9月11日のテロ攻撃でもたらされた脅威に対抗することを目的とする特別立法で、その目的を達成した時点で廃止されることが予定されたものです。テロ攻撃による脅威への対処という活動は、いわば一時的なものです。そこで、継続して実施することの可否については、一定期間ごとに国会の判断を仰ぐことが適当と考えられ、本法は2年を期限として、必要があれば別の法律で2年以内の延長ができるとされました。

 結果的には、2003年10月に2年、2005年10月および2006年10月にそれぞれ1年、本法の期限を延長する法改正が行われました。しかし、2007年7月の参議院選挙では、いわゆる国会の「ねじれ現象」が生じました。与党である自民党・公明党が過半数を占めない状況の下、2007年11月1日の法律の期限は延長されることなく、約6年にわたる活動が終了しました。

 当時、私は防衛駐在官として米国にいたのですが、この時の参院選挙の争点は年金問題でした。年金問題をめぐり、野党であった民主党が大勝したのです。そして、夏頃だったでしょうか。民主党が突如、「テロ特措法の延長は認めない」「インド洋の派遣は認めない」と言い出したものですから、私は何度も米国の国防省やその関係機関などに呼ばれました。

 彼らから、「年金という国内問題で国民の支持を得た民主党が、なぜ突然国際問題であるテロとの戦いやインド洋補給活動を中止すると言い出すのか、理解に苦しむ」と言われたことを覚えています。


●「不安定な平和」に適応するための、二つの特措法


 しかしながら政府は、テロとの戦いに引き続き積極的かつ主体的に取り組む必要があるとして、インド洋における補給活動を再開するべく、国会に「補給支援特別措置法案」を新たな法律として提出。衆議院における再議決・再可決により、2008年1月16日、公布・施行されました。「補給特別措置法案」は2回の延長を経て、民主党への政権交代後の2010年1月15日、同法の期限をもって失効しました。これにより、「テロ特措法」に基づく活動と合わせて、一時的な中断を挟みながらも約8年にわたって実施されてきたインド洋における補給活動は終了しました。

 一方で、「イラク人道復興支援特措法」について、陸上自衛隊の部隊の活動は法律の期限通りの4年をもって、航空自衛隊の部隊の活動は法律の期限を2年間延長した6年をもって、それぞれ終了しました。

 以上、二つの特措法をめぐる事実関係を整理しました。

 私は、二つの特措法による活動を、こう捉えています。わが国は、冷戦下において、ある種幸運とも言える環境で安全保障政策を固定化してきましたが、冷戦後の「不安定な平和」の時代に適応するため、その後の10年をかけ、三つの段階を経ながら安全保障システム、とりわけ安全保障法制や国民のコンセンサス形成の基盤、プロセスづくりに呼応してきました。しかし、9.11以降の急激な安全保障環境の変化に対して、これらをもって情勢適応することは不十分だということを結果的に証明したのではないか、と考えています。


●海賊の出現と恒久法としての「海賊対処法案」の成立


 インド洋における補給活動が「補給特措法」に基づく活動に変更されているち...
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