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東京裁判で不採用だった一級資料本『紫禁城の黄昏』とは?

第一章 誰が東アジアに戦乱を呼び込んだのか(5)田中隆吉vs『紫禁城の黄昏』

渡部昇一
上智大学名誉教授
情報・テキスト
紫禁城の黄昏
東京裁判では、関東軍参謀などを務めた田中隆吉を証人として重用し、多くのエピソードを語らせたが、誰が見ても第一級史料である『紫禁城の黄昏』の証拠書類としての採用は却下された。それはなぜなのか。上智大学名誉教授・渡部昇一氏によるシリーズ「本当のことがわかる昭和史」第一章・第5話。
時間:05:12
収録日:2014/11/17
追加日:2015/08/10
≪全文≫
 中華民国も昭和8年(1933)に日本との間に停戦協定である塘沽(タンクー)協定を結んでいるから、事実上、日本が満洲国に有する権益を認めていたことになる。ローマ法王庁をはじめとして、ドイツ、イタリア、スペイン、ポーランドなど21カ国が満洲国を承認し、ソ連も満洲国の領事館開設を認めている。

 当時は、欧米列強の植民地だった国々が独立した現在とは異なり、国家の数は多くなかった。国際連盟の原加盟国は42カ国だったから、世界の大半といってもよい数の独立国家が満洲国を認めていたのだ。

 ところが東京裁判では、全般的に信用できる第一級史料の『紫禁城の黄昏』を証拠書類として採用することが却下された。

 同書に記されている、溥儀が紫禁城から追われてから満洲国設立に至るまでの記述を証拠として取り上げれば、日本を侵略国家として一方的に断罪しようという東京裁判そのものの存在意義が失われてしまうからだろう。そのため満洲国は、いわば歴史から消されてしまったのである。

 そもそも満洲国の建国に最も反対したのはアメリカである。そのためであろうか。戦後、チベットやウイグルがシナの侵略を受け、弾圧され、国が消滅したことは国際的なニュースになったが、戦後、中国共産党の手によって満洲人たちが弾圧され、散り散りにされたことは誰も問題にしていない。戦争で日本に勝ったアメリカをはじめとする連合国は、「満洲国は日本の陰謀によってつくられた傀儡(かいらい)国家である」という立場を取っているから、その存在に触れることすら見送ったのだろう。それで満洲民族は現在では「消されて」しまっている。

 東京裁判は、『紫禁城の黄昏』を証拠書類として採用しなかったが、その一方で、関東軍の参謀や陸軍省兵務局長などを務めた田中隆吉を証人として重用し、多くのエピソードを語らせた。

 彼は関東軍参謀時代に内蒙古を独立させようとして謀略を行ない、失敗した男である。本来は戦犯になるはずだったが、東京裁判では検事側の証人として、検事たちがつくりあげた筋書きに沿った証言を行ない、戦犯指定を免れている。同僚の旧軍人たちが巣鴨プリズンに拘置されている頃、彼の自宅にはウイスキーから何から何まで物資が豊富にあったといわれている。

 田中隆吉は東京裁判で、あたかも、どんな場面でも第一証言者になれる立場にいたような口を利いていた。だが実際には、そんな立場があるはずがない。これにはインドのパル判事も疑念を抱き、自身が執筆した意見書(通称「パル判決書」)の中で、「田中は検事側が証拠の埋め草に使った」と批判している。

 こうした人物の証言とは比較にならないほど信用できるのが、誰が見ても一級史料中の一級史料であるレジナルド・ジョンストンの大著、『紫禁城の黄昏』なのである。

 私もかつて、この本が重要な史料になると考え、原書を購入しようと思ったが、なかなか手に入らなかった。イギリスの書店やアメリカの古書店組合の会長をはじめ、さまざまなところに手を回して探してもらったのだが、見つからない。ようやく神田の古書店で探し当てたが、同書を見ると、出版されてから1年の間に数版を重ねていた。

 出版されてすぐに数版を重ねたような本が、わずか数十年後に英米の古書店でも、たやすく見つからないこと自体がおかしいのだ。満洲国は敵国・日本がつくった傀儡国家だという理由で、本書も白眼視され、歴史の闇に抹殺されてしまっていたのだろうか。

 私はその後も『紫禁城の黄昏』の原書を...
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