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当時も現代も電力の鬼・松永安左エ門がいてくれたら

第二章 軍縮ブームとエネルギー革命の時代「明治の精神」の死(21)資源問題の軽視は、あまりに愚

渡部昇一
上智大学名誉教授
情報・テキスト
松永安左エ門
wikimedia Commons
資源問題の軽視は現代日本にもあてはまる。エネルギー危機の恐さをいつの間にか忘れ、原子力を除くエネルギー自給率が5%ときわめて低い日本の現状を無視し、原発ゼロやら脱原発と騒ぐようになってしまった。資源問題の軽視は、あまりに愚だ。上智大学名誉教授・渡部昇一氏の「本当のことがわかる昭和史」第2章・第21話。
時間:04:33
収録日:2014/12/15
追加日:2015/08/20
≪全文≫
 ちなみに、ロイヤル・ダッチ・シェルはイギリスのシェル・トランスポート・アンド・トレーディング社とオランダのロイヤル・ダッチ・ペトロリウム社が合併してできた会社だ。シェルの前身となった会社はもともと日本やアジアに機械や骨董品を輸出していたが、東洋産の装飾用の貝殻を輸入して財をなした。創業者のマーカス・サミュエルが日本の三浦海岸で拾った貝殻が美しかったため、シェルを社名にし、貝殻をロゴマークにしたという。

 彼はユダヤ人だが、ユダヤ人は元来イギリスに対して忠義を尽くした人物が多く、彼もその例に漏れることはなかった。第一次大戦でも本業の石油でイギリスに貢献したほか、自分の邸宅も病院として開放した。石油を精製したものからTNT火薬という強力な爆薬をつくり、火薬製造工場も建てている。そうした業績が認められて、彼は戦時中に準男爵になり、さらに男爵、子爵と爵位を上げていった。

 燃料に対して敏感な人たちは、どうもビジネスの嗅覚に優れているようだ。日本でも、敗戦で海外事業を失ったものの、戦後に原油の輸入から精製、販売までを一貫して手がける民族系石油会社・出光興産を築いた出光佐三のような人物が、第一次世界大戦のヨーロッパの戦場を見ていたら、どんなことをしていただろうかと、ついつい想像したくなってしまう。

 翻って21世紀のいま、日本はエネルギー問題でどれほどの手を打てているのだろうか。

 高度経済成長期の日本で石油ショックが起こった頃の政治家は、私よりも年上だったから、大東亜戦争のときにアメリカから石油を止められて、本当に青くなった経験を持っていると思う。私も当時、子供ではありながら、蘭印(オランダ領インドシナ=インドネシア)からの石油の対日全面禁輸のニュースを聞いて顔が青ざめた経験がある。だから戦後まもない頃の政治家たちは、エネルギーが安定供給できなくなって日本が滅びることを恐れて、原子力発電の推進に踏み切ったと思うのだ。

 日本が、発電しながら消費した以上の燃料を生成できる原子炉である高速増殖炉「もんじゅ」などに取り組んだ目的もはっきりしている。「もんじゅ」が完成すると、まったく材料を使わないで、25年もすれば原発がもう一基できるほどに燃料が増えていく。そのため100年、1000年単位でエネルギーの心配がなくなるのだ。

 ところが、それがいつの間にか、エネルギー危機の恐さを忘れた世代がずっと政権を握るようになり、エネルギー自給率が5%(原子力を除く)ときわめて低い日本の現状を無視し、原発ゼロやら脱原発と騒ぐようになってしまった。

 一方、中華人民共和国は原子力発電所の開発に急ピッチで取り組み、さらに世界各地で資源開発に精を出している。

 シナの場合、多くの人々が4千年も暮らしてきた中で、地下資源も相当なくなっていた。東條英機内閣で大蔵大臣を務めた賀屋興宣は、北支那開発株式会社の総裁を務めていたが、彼が書いたものを読むと、さまざまな資源の調査をしたが、シナはあまりにもモノのない国なので驚いたといっている。

 いまシナ大陸で資源があるのは、歴史的に見れば本来はシナ本土とはいえないチベットやウイグル、そして満洲などである。シナ本土では資源を使い尽くしていて、ほとんど何も残されておらず、食糧さえ足りない。だからいま、シナは必死で資源を押さえようとしているのだ。

 それと比しても、現代日本の危機感はあまりにも小さすぎないだろうか。かつての益田孝、出光佐三、あるいは戦後の電力再...
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