≪全文≫
ワシントン条約では、シナに関する九カ国条約も締結されている。これはシナ人たちが「シナのための大憲章(マグナカルタ)」といって、ことあるごとに振りかざした条約である。
日本、イギリス、アメリカ、フランス、イタリア、ベルギー、オランダ、ポルトガル、中華民国の九カ国で結ばれたが、その内容からして、日本の大陸政策を抑えるためだけの条約といっても差し支えない。「中国の主権、独立、領土的・行政的保全の尊重、中国における『優先権』や独占権の禁止など、門戸開放」(『国史大辞典』)と美辞麗句が記されているが、どんなにカモフラージュしようとも、それは日本を抑えるための方便だったのである。
先ほども述べたように、とりわけアメリカには、シナにおける日本の立場を弱くしようという思いが強くあった。
たとえば、第一次大戦中の大正6年(1917)11月2日に、石井菊次郎特命全権大使とロバート・ランシング米国務長官が共同宣言を行なった石井・ランシング協定も、結果的にいえば、日本を騙すためのものとなったことは明らかである。
石井・ランシング協定では、中国における門戸開放政策への支持を謳ったうえで、領土に隣接する国家との特殊な関係を相互に認め合った。これはつまり、アメリカが日本の満洲などにおける特殊権益を認めたことを意味する。これにより日米間で関係改善に向けた合意が行なわれた。だがこの協定も、1923年4月14日、九カ国条約の発効によって存続の理由を失ったとして廃棄されることとなる。
加えてアメリカは、いわゆる「排日移民法」で日本移民を禁止し(大正13年〈1924〉)、アメリカ人男性と「写真結婚」した日本女性の入国を禁止するなど、日本に対する姿勢を硬化させていった。
はたして日本は第一次世界大戦前に、アメリカに不義理な行為をしたことがあっただろうか。絶対にない。だが、一方のアメリカは、第六章でも触れるように人種差別を公然と掲げる国でもあり、自らが喉から手が出るほどに欲していたシナ市場で大きな影響力を発揮する日本が許せなかった。
私が通った小学校ではアメリカに敵愾心を植え付けるような教育はされていなかったが、それでも当時の世相を受けて私たち生徒は何となく「日本はアメリカにしてやられている」と感じていたものだ。
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アメリカは中国で大きな影響力を持つ日本が許せなかった
本当のことがわかる昭和史《2》軍縮ブームとエネルギー革命の時代「明治の精神」の死(12)日本はアメリカにしてやられている
上智大学名誉教授
情報・テキスト
石井・ランシング協定
1922年のワシントン会議では、中華民国に関する九カ国条約も締結されたが、その内容は、日本の大陸政策を抑えるためだけのものだったといっても差し支えない。上智大学名誉教授・渡部昇一氏によるシリーズ「本当のことがわかる昭和史」第二章・第12話。
時間:02:22
収録日:2014/12/15
追加日:2015/08/20
収録日:2014/12/15
追加日:2015/08/20
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