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歴史家ヘロドトスの名言にみるギリシャ財政金融危機

書物で学ぶギリシャ危機(1)自ら招いたギリシャの悲劇

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/武蔵野大学国際総合研究所客員教授
情報・テキスト
『歴史』(ヘロドトス著)
世界の金融市場を揺るがしているギリシャの経済危機を、歴史学者・山内昌之氏が歴史家の視点を交えて解説する。EUが巨額の金融支援をするにもかかわらず、それは抜本的解決にはならないほどギリシャの債務は膨れ上がっている。ここまで事態を悪化させた原因とは? 世界を巻き込んだ金融問題についてギリシャが誇る賢人の名言をもとに学ぶ。(全3話中第1話目)
時間:11:16
収録日:2015/07/16
追加日:2015/08/10
カテゴリー:
≪全文≫

●ギリシャ式説得の極意は「一人より大勢」


 皆さん、こんにちは。今日は、ギリシャの財政金融危機の問題について、少しこれまで語られていることとは別な観点から、いくつか振り返ってみたいと思います。

 古代ギリシャの生んだ歴史家で、高校世界史などでは歴史の父と呼ばれているヘロドトスは、その名著におきまして、「一人の人間を説得するよりも、一度に大勢の人間を説得する方が簡単である」と述べ、いくつかの実例を挙げたことがあります。

 さながら、現在のギリシャ政府のアレクシス・チプラス首相は、ドイツのアンゲラ・メルケル首相一人を相手にするよりも、ややくみしやすしと見たフランスのフランソワ・オランド大統領、ひいてはユーロ圏首脳全体を相手にしてとりまとめる方が簡単だと考えたのかもしれません。また、自らの政策になかなか肯(がえ)んじようとしなかったヤニス・バルファキス前財務大臣一人だけを相手にするよりも、自分に賛成してくれるむしろ野党を含めたギリシャ国会を相手にする方がたやすいと、かねてから踏んでいたのかもしれません。


●巨額支援や元本削減でも抜本的解決は困難


 いずれにしましても、ギリシャ国会は本日(2015年7月16日)に、EU(ヨーロッパ連合)からの金融支援を受けるための財政改革法案を採決しました。これによってEUは、ギリシャの大手銀行に対して、最大でおよそ250億ユーロ、現換算によれば、約3兆4000億円の資本を注入するものと見られています。もちろんこの最終的な額は、今後のギリシャの約束、履行、その他に関わるものとして確定されますが、いずれにしても最大で250、もしくは260億ユーロと見込まれているということは間違いありません。これによって、ギリシャは当面のデフォルトを回避しまして、銀行の休業や資本規制による一般国民、一般の預金者の痛みを、ひとまず避けられる見通しになりました。

 しかしながら、チプラス首相によるメルケルやオランド両首脳との駆け引きや、それから、この間のせずもがなというところもある国民投票によって、この2週間、急速にギリシャ経済や金融の状況が痛みを増しています。こうした悪化した財政危機や経済困難を抜本的に解決し、そこから抜け出す手はずは、なかなか見出すのは難しいというのが現状であります。

 可能なのは、そして望ましいのは、IMF(国際通貨基金)の考える政府債務の30年間の返済猶予、もしくは元本の削減ということになるでしょうが、これにはEUの想定を上回る相当大きな債務の減免が必要となります。これについては、メルケル首相のみならず北欧の首脳、ひいては中欧のかなりの国々のリーダーたちは、懐疑的であります。つまり、債務の減免というものについてはなかなか踏み込めない。それは、ドイツをはじめとした各国の納税者の負担において行うということになりますので、なかなかに難しいということであります。


●ギリシャの痛みはEUの痛み


 IMFは、この7月14日に、ギリシャが必要とする金融支援額を、およそ850億ユーロ、つまり11兆5000億円に上ると算定しました。しかし、このIMFの計算は、従来IMFが見ていた600億ユーロをすこぶる大きく上回っています。この大きな上積みというのは何かというと、他ならぬ自業自得と申すべきかもしれませんが、チプラス首相が6月末から行っている銀行の休業といった、資本規制の大変厳しい結果でもありました。

 ギリシャにとってよい材料というものは、あまりありませんが、今後2年間、GDPに占める債務比率は200パーセントに達する見込みという、悲観的な、そしてほぼ確実な観測が寄せられています。これは、2014年のGDP比177パーセントの債務比率をさらに大きく悪化させた数字であります。

 そうすると、特にメルケル首相の思惑とは反対に、EUは、早晩ギリシャの債務の減免ということに入り込まざるを得ません。その場合でも、元本の削減という行為はなかなか決断できないというのが、EUの今日でありまして、そういった点で、ギリシャの痛みは、またEUの痛みという、このような悪無限的な循環というものが、今後繰り返される予兆も見えてきたわけであります。


●デフォルト回避でもぬぐえない重大な問題


 それでもギリシャは、日本の投資家向けに円建てで発行したギリシャ国債、すなわちサムライ債について、7月14日に償還、返済期限を迎えていた約117億円を、全額返済したということが報じられています。債務不履行、デフォルトがこのようにして当面回避されたのは、まことに喜ばしいことであります。それは、日本人をはじめとする世界の投資家のみならず、他ならぬギリシャの政府と国民にとっても、まことにうれしいことであったということになります。...
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