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日本経済の危機を救えるだけの男を失った二・二六の代償

本当のことがわかる昭和史《4》二・二六事件と国民大衆雑誌『キング』(9)恐怖心、パイプ断絶、日本人軽侮

渡部昇一
上智大学名誉教授
概要・テキスト
高橋是清
Wikimedia Commons
二・二六事件は日本の近代史に三つの影響を与えた。下級軍人の叛乱という恐怖を上流階級に植え付けたということ、高橋是清を殺害によって海外とのパイプを失ったこと、シナ人に日本陸軍を軽視させる引き金となったことだ。上智大学名誉教授・渡部昇一氏によるシリーズ「本当のことがわかる昭和史」第四章・第9回。
時間:10:16
収録日:2015/01/19
追加日:2015/09/03
タグ:
≪全文≫
 二・二六事件は日本の近代史に三つの影響を与えたと私は考えている。

 一つは、天皇陛下も含めた日本の上流階級に、二・二六事件が下級軍人の叛乱であったことへの恐怖を強烈に植え付けた。

 逆にいえば、元帥や大将、中将などの上層部が軍隊をまったく握っていないということがわかったのである。軍を実質的に握っているのは二十歳代の少尉や中尉で、せいぜい大尉クラスまで。彼らは小銃どころか機関銃も持っていて、朝から晩まで訓練に明け暮れている。そういう集団が、首相や閣僚、重臣たちを、首謀者の命令通りに殺害したのである。軍隊であるから、警察などまったく問題にならない。こうした事態に対する恐怖心が、日本が大東亜戦争に敗れるまで、日本の上流階級の骨の髄にまで染み込み、やがて日本全体を覆っていったと私は思う。

 広田首相が、寺内陸相から陸海軍大臣を現役から選ぶよう要求されたとき、毅然とした態度を取ることができなかったのは、二・二六事件が下から起こった叛乱であり、それを恐れたからということもあったかもしれない。

 二つ目として、金輸出を禁止し、積極的な金融緩和政策と財政政策を実施して、日本経済を深刻な不況から脱却させた高橋是清が殺されたのも大きかった。

 日本が経済不況から脱するのに、高橋是清の手腕はきわめて大きなものだった。昭和2年(1927)の金融恐慌を収めたのも彼である。そして、世界恐慌と井上準之助蔵相の金解禁政策のせいで未曾有の不況に陥った日本経済を、昭和6年(1931)12月に蔵相となって立て直したのも高橋是清であった。「困ったときの高橋是清」とでもいうべきか、実に四度目の蔵相就任である。

 実際のところをいえば、皇道派の青年将校らが蹶起などしなくても、髙橋是清の経済手腕で日本の農村も民衆も、まもなく救われようという矢先だったのである。

 だが、日本のリーダー層はまだしも、下級士官や兵隊に経済政策・金融政策の機微などがわかるわけはない。彼らは、軍事予算を切ったという程度の話で「高橋是清はけしからん」と考えただけであった。高橋是清がどれだけ日露戦争の勝利に貢献したか、また彼の存在がどれだけ日本にとって重要な可能性を秘めているのかということが、二十歳代の青年将校たちには理解できなかったのである。

 それにしても、当時「ダルマさん」と呼ばれて国民に親しまれた高橋是...
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