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DATE/ 2017.04.03

白紙撤回された「ベトナムへの原発輸出」の裏側

ベトナムにも原発輸出の計画があった!

 今年3月、東芝が2006年に買収した原発子会社ウェスチングハウス・エレクトリック(WH)が、アメリカの裁判所に破産法第11章の申請を行ったことが明らかになりました。赤字は最大で1兆百億円に膨らむ可能性があるということですが、製造業で1兆円を超える赤字を計上した企業はこれまでにありません。主な要因は、福島第一原発事故を機に安全規制が強化されて、大幅な設計変更が必要となり、それによって建設コストが高騰したためです。

 WHの経営破綻を受け、東芝はインドや中国、英国で手掛ける原発事業からの撤退することになります。インドでは、WHが計6基の原発を建設することで米国とインドの両政府が合意し、今年6月までに契約する方針でしたが、白紙撤回となるかもしれません。安倍政権は原発輸出を成長戦略の柱に掲げ、昨年11月にはインドと原子力協定を結びました。しかし、今回のWHの経営破綻によって、日本政府も大きな打撃を受けそうです。

 こうした状況の中、あまり知られていませんが、実はベトナムにも原発を輸出する計画があったのです。2009年、ベトナムは中部ニントゥアン省の2カ所で合計4基の原発建設計画を承認し、ロシアと日本の受注が決まっていました。

 『原発輸出の欺瞞 日本とベトナム、「友好」関係の舞台裏』(伊藤正子・吉井美知子編著、明石書店)によると、日本が建設する予定だった場所のニントゥアン省タイアン村は、ヌイチュア国立公園に隣接しており、タイアン村の沖合には美しいサンゴ礁がみられるそうです。ヌイチュア国立公園の海岸は絶滅危惧種のアオウミガメの産卵地として知られ、ベトナム人向けのエコツーリズムのサイトになっています。タイアン村近辺は過去に8メートルの津波が来たといわれ、原地住民のチャム人の村には「波の神様」が祀られているところもあるそうです。本書は、果たしてこの地が原発建設地として適地なのかと、疑問を投げかけています。

日本とベトナムの原発

 海外への原発輸出については、多くの論点をはらんでいます。たとえば、日本人の原発輸出に対する姿勢です。朝日新聞によると、2014年3月に実施された世論調査では原発を段階的に減らし将来にはやめる「脱原発」に77%が賛成していました。それに対して、原発輸出についてはほとんど無関心でした。

 また、原発輸出に対する考え方は原発事故後の政府の動きからも分かります。原発輸出は、事故後に脱原発に転じた菅首相のもと、いったんストップしました。ところが、野田政権になると一転、輸出計画を継続する方針を決定します。実はここにアメリカの影が潜んでいることを、先述した同書は指摘しています。

 日本の原発輸出の変遷を見てみると、当初はゼネラル・エレクトリック(GE)と破綻したWH等の米国企業の傘下で、日本は部品の輸出を行っていました。それが21世紀に入って、ブッシュ政権のもと、アメリカ国内に新規建設を目指すアメリカの思惑と、日本国内での新規建設が難しくなり海外に活路を開きたい日本の産業界の思惑が一致し、フルパッケージでの原発輸出が推進されるようになったのです。この輸出政策は、原発ゼロを掲げた民主党政権でも止めることができませんでした。

ベトナム、原発建設白紙撤回

 同書は、たくさんの論点が提示されているほか、現地のベトナム人の詩人や学者の声も掲載されており、ベトナムへの原発輸出を防ぎたいという切なる思いから、2015年2月に出版されました。

 それから1年と半年以6上たった2016年11月22日、ベトナムの国会は日本とロシアが受注した南東部ニントゥアン省の原発建設計画を白紙撤回する政府案を、90%を超す賛成多数で承認しました。その理由として、マイ・ティエン・ズン官房長官は「いかなる技術的な内容によるものでもない」と経済上の理由であることを強調しました。今後は、再生可能エネルギーによる電力開発に注力するとみられます。この政策転換には少なからず本書の出版や著者たちの活動が関わっています。時を経て、同書の願いが届いたのです。『原発輸出の欺瞞 日本とベトナム、「友好」関係の舞台裏』は、ペンの力、言論の力、そして本というものの力をあらためて感じさせてくれる稀有な一冊といえるでしょう。

<参考文献>
『原発輸出の欺瞞 日本とベトナム、「友好」関係の舞台裏』(伊藤正子・吉井美知子編著、明石書店)
http://www.akashi.co.jp/book/b193796.html

<関連サイト>
伊藤正子研究室
https://www.asafas.kyoto-u.ac.jp/ito/n-power.html

<関連記事>
・東京新聞:東芝赤字1兆100億円 米原発子会社が破綻
http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/201703/CK2017033002000137.html
・SankeiBiz:ベトナム、原発建設白紙撤回 再生エネ電力開発に注力か
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/161216/mcb1612160500003-n1.htm

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