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DATE/ 2017.09.16

スターバックスはなぜフードに力を入れないのか?

 1996年8月、東京・銀座に日本1号店をオープンして21年。長く話題だった「スタバのない県」鳥取にも2015年5月に出店し、現在(2017年9月時点)では1,287軒のスターバックスが日々稼働しています。日本人の多くが、シアトル生まれのカフェスタイルを日常の一コマとして使いこなしているのは、「スタバる」の用語が定着していることからも明らかです。

 でも時々、「モーニング・セットがあればいいのに」とか「小腹が空いたらミラノサンドが欲しくなるよね」というふうに、フードへの不満が湧くことはありませんか。実はこれこそがスターバックスの定義したコンセプトであり、世界戦略である。そう解説してくれるのは、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授で、ベストセラーとなった『ストーリーとしての競争戦略』などの著書を持つ楠木建氏です。

スタバが売っているのは「コーヒー」ではない

 スターバックスのCEOだったハワード・シュルツ氏(現会長)の有名な言葉に、「スターバックスはコーヒーを売っているのではない」というものがあります。では、何を売っているのかというと「第三の場所(サードプレイス)」です。

 シュルツ氏が頭の中で温めていたコーヒーバーのコンセプトを試験的に実施したのが1984年のこと。アメリカはレーガノミクスの真っ只中、家でもオフィスでも競争や緊張の耐えない新自由主義の時代が始まっていました。そんなアメリカ人の「テンション」を下げリラックスさせることが第三の場所の役割だと彼は考え、スターバックスのコンセプトとなったのです。

 もともと「第三の場所」は、レイ・オルデンバーグというアメリカの社会学者が言い始めたもので、カフェやクラブ、公園など、比較的ゆるい感じのコミュニティに常連として出入りすることを指します。だから、スターバックスの店舗は通りに面したオープンテラスとして設置されます。主力商品はテイクアウトですが、内部は長居したくなるインテリアで、接客は常にフレンドリー、店内は全面禁煙なのです。

「あえて」+「嫌われる勇気」がブランドを維持する

 スターバックスの日本上陸には銀座松屋通りという日本一テンションの高い地域が選ばれました。その後の展開が丸の内、大手町、六本木、青山、広尾、麻布と続いたのは、「第三の場所」の価値を日本人に分かってもらうためだったのです。

 ビジネス展開を考えたことのある方なら、立地の重要性は痛いほどご存じでしょう。しかし、最初からどんな商売にも立地のいい場所など存在しません。コーヒーショップとしての営業を考えるだけなら、スターバックスの超一等地へのこだわりは「無駄」、もっと言えば「放漫」だと切り捨てられているはずです。

 かつて丸の内エリアに10店舗を一挙に出店したのは、「あえて供給過剰」にすることで2割ほどの空席をつくるためでした。いつも満席で行列するようでは、スターバックスの求める「テンション」を下げリラックスさせる機能が損なわれてしまうからです。

 店内の飲み物が紙コップで提供されるのにも、最初は戸惑いませんでしたか。味にこだわりのある人には許せないサービス方法も「あえて」なされていることに注目しましょう。陶器が立てる洗い場の音は「第三の場所」にふさわしくない。味にこだわることは、テンションを高める行為であるから、そういう層には嫌われてもいい。ふたが付いているのも飲み口の穴の小ささなども、「スタバでの30分」を提供するために綿密に計算したものだと楠木氏は言います。

ホットペッパーとスターバックスの意外な共通点

 「第三の場所」はどうあるべきかについて、シュルツ氏が厳密にコンセプトを描いたのと同様に、「コンバージョン」を考え抜いたのが2001年当時リクルートに在籍していた平尾勇司氏でした。

 今ではEC用語として定着している「コンバージョン」ですが、平尾氏は「どんなにネットが普及しても変わらない」価値を探しました。それが「半径2キロ」という商圏でした。ネットがカバーする世界サイズの広域情報に対して、紙媒体で「狭域情報」を提供するクーポンマガジン『ホットペッパー』。彼らが提案する「半径2キロの必勝シナリオ」が全国展開されていったのは、やはりコンセプトの勝利でした。

 「コンセプトを定義することは、経営者の戦略構想の1丁目1番地」と、楠木氏は言います。スターバックスが「フードに力を入れない」理由、お分かりいただけたでしょうか。

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