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DATE/ 2018.05.11

急増する「古典のマンガ化」その理由とは?

 歴史や伝記の「学習マンガ」は多数ありましたが、近年は古今東西の古典や名著の「マンガ化」が増えています。

 今回は、急増する「古典のマンガ化」とその理由を考察してみたいと思います。

ヒット商品となった古典と名著

 古典や名著はもともとロングセラーではありましたが、加えてここ十数年でヒット商品ともなりました。ただし、マンガ化や「超訳」など、大胆に翻案されている作品が多いことが特徴です。それはなぜでしょうか?背景には、加速度的に変貌し続ける、社会や時代があるように思います。

 フランス文学者で明治大学教授の鹿島茂氏は、人間の進歩が加速している原因を、1.合理主義、2.個人主義、3.認知願望の3つとしています。一方、歌手で演出家の美輪明宏氏は、世の中の急速なデジタル化で失ってしまった、情緒・ロマンティシズム・叙情性のようなアナログなものを人々が取り戻したがっているといいます。

 鹿島氏のいう「面倒臭いことは嫌いだという合理主義」(「BOOKSCAN」インタビュー回答より)と、美輪氏のいう「アナログに憧れて、みんな気づかずに、手作りのもの、人のにおいのするもの、壮大なロマン」(「婦人画報」インタビュー回答より)、それぞれの希求が合致し、「手軽に壮大なロマンを楽しみたい」「合理的にアナログ的なモノも取り入れたい」となったのかもしれません。

 その結果として、アナログの極みであり壮大なロマンである古典や名著を、マンガという手軽で合理的な読み物として楽しみたいという欲求や需要が高まり、急増に至ったのではないでしょうか。ではここで、今こそ読んでほしい、入門とも旬ともいえる、特におすすめの5作品ご紹介します。

今こそ読んでほしい! 最初のおすすめ5作品

1.『漫画 君たちはどう生きるか』(吉野源三郎原作、羽賀翔一漫画、マガジンハウス)

 まずは今話題の一冊をピックアップ。1937年に出版された児童文学をマンガ化した本作は、発売から約半年で発行部数200万部突破の大ヒットとなっています。原作の世界観を大切にしながらも現代の若者たちにも手にとってもらいやすいよう、マンガならではの効果を大胆に用いた、インパクトも十分な一冊に仕上げている良書です。大人が自身のために買い求めるだけでなく、子どもや孫、大切な人への贈り物としても人気だそうです。

2.『ぼおるぺん古事記』(こうの史代著、平凡社)

 つぎは日本最古の歴史書、古典中の古典ともいえる『古事記』です。『この世界の片隅に』『夕凪の街 桜の国』のこうの史代氏が、ボールペンだけで見事に描ききっています。圧巻は八百万の神々の描き分け! 個性的で生き生きとしたカワイイ神々が大活躍しています。また、難解な神々の名前と敬語をたくみに編集し、原文に忠実な訓み下し文を絵と対比させてわかりやすく配置・コマ割りしているため、音読を楽しむことにも適しています。

3.『マンガ旧約聖書』(里中満智子著、中公文庫)

 世界の古典からも、神話を題材にした一作を取り上げます。持統天皇の生涯を描いた大作『天上の虹』等、史実のマンガ化にも定評のある里中満智子氏が丹念に描いた『旧約聖書』です。創世記からダニエル書までを多様な訳文から解釈し、入り組んでいてなかなか把握しにくい壮大な世界を、一つの物語へと紡ぎ上げています。章間に挿入されたコラム的解説マンガも興味深く、歴史観とイメージを広げてくれるため入門書としても最適です。

4.『君主論』(マキアヴェッリ原作、バラエティ・アートワークス企画・漫画、イースト・プレス)

 続いて、近年の古典や名著のマンガ化ブームの火付け役ともいえる、「まんがで読破」シリーズを紹介します。2017年8月に10週年目をむかえ、通算139タイトルで累計発行部数350万部を突破しているロングセラーシリーズから厳選した一冊は、現代のビジネスパーソンにもきっと役立つ『君主論』です。政治書・哲学書としての価値はもちろんのこと読み物としてもおもしろく、また、終盤はビジネス訓・人生訓としても非常に有効です。

5.『あさきゆめみし』(大和和紀著、講談社)

 『源氏物語』のマンガ化作品で有名な一作ですのでご存の方も多いと思いますが、この作品自体が「古典のマンガ化」の名著にしてすでに古典の域にあるのですが、あえて最後に取り上げたいと思います。また、『源氏物語』は当時の教養の結晶であり、その後の教養の底本になったともいわれる、古典や日本文化の要ともなる作品ですが、原作は長大でなかなか読了が難しいことも事実。まずは本作で、優美で流麗な世界観を体感してみてください。

古典読みは超お得! 合理主義者の必読書?

 もともと日本は、自国の古典が様々な版を重ね時代を越えて読みつがれていたり、世界各国の古典や名著の多くが翻訳されていたり、しかもそれらが草紙や文庫など手軽に安価に手に取れることで、世界の古典好きや読書家からうらやましがられていました。

 小学館発行『新編 日本古典文学全集』の編集長であった佐山辰夫氏は、「古典は、言葉を厳選してつづっているせいか、非常に合理的にできています」と述べています。また古典の魅力について「日本人が大切に育んできたいわば"美しさの粋"です。これを知らずに済ますのは、人生にとって大きな損失でしょう」とも断言しています。

 そして、経済学者で今上陛下の御教育掛でもあった小泉信三氏は、著書『読書論』で知識と同じように「すぐ役に立つ本はすぐ役に立たなくなる本」と述べています。時代や流行の移り変わりの加速する現代においては、「すぐに役立つ」モノこそが逆説的に「すぐに役立たなくなる」モノとなる危険性は高くなります。しかし古典には時代を越えて役立つ、本質的な知識や智慧や文化などが多層的に詰まっています。

 急増する合理主義者こそ、古典が必読書になるのかもしれません。マンガ化、絵本化、児童文学化、超訳、現代語訳、読み下し文、原文など、幸いなことに日本では古典に多種多様なバリエーションが用意されています。ぜひ自分にあった形態から順に、古典に親しんでみてはいかがでしょうか。

<参考文献>
・『漫画 君たちはどう生きるか』(吉野源三郎 原作、羽賀翔一漫画、マガジンハウス)
・『ぼおるぺん古事記』(こうの史代著、平凡社)※1天の巻・2地の巻・3海の巻の全3巻
・『マンガ旧約聖書』(里中満智子著、中公文庫)※1創世記・2出エジプト記他・3士師記/サムエル記他の全3巻
・『君主論』(マキアヴェッリ原作、バラエティ・アートワークス 企画・漫画、イースト・プレス)
・『あさきゆめみし』(大和和紀著、講談社)※完全版全10巻
・『読書論』(小泉信三、岩波新書)
・婦人画報:美輪明宏さんが、今の時代大切にしたいこと
http://www.fujingaho.jp/lifestyle/miwaakihiro
・BOOKSCAN:無駄の中にこそ、「知」の可能性がある 鹿島茂
https://www.bookscan.co.jp/interviewarticle/239/all
・ジャパンナレッジ:ニッポン書物遺産【新編 日本古典文学全集 - 第1回】
https://japanknowledge.com/articles/blogheritage/koten/1.html
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