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DATE/ 2018.09.27

東京五輪のボランティアはブラックなのか?

 2018年6月11日、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下「組織委」)および東京都(以下「都」)が、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下「東京五輪」)に向けたボランティア募集要項を公表しました。

 組織委は「大会ボランティア」8万人を、都は「都市ボランティア」3万人を必要と発表し、9月中旬から12月上旬まで募集するとしています。組織委や都の希望が叶えば、約11万人ものボランティアが東京五輪にかかわることになります。

 しかし、各所で「東京五輪ボランティアはブラック」という声も聞かれるようになっています。それはいったいなぜでしょうか。

東京五輪ボランティアの募集要項

 ではさっそく、東京五輪ボランティアの募集要項をみてみましょう。なお、ここからは組織委の「大会ボランティア」だけを取り上げます。

 まず応募条件である「応募に当たって」には、次の2つにあてはまる方は応募可能として、1)2002年4月1日以前に生まれた方、2)活動期間中において、日本国籍又は日本に滞在する在留資格を有する方、を挙げています。

 ただし、その後につづく「積極的に応募していただきたい方」に、「大会ボランティアとして活動したいという熱意を持っている方」「お互いを思いやる心を持ち、チームとして活動したい方」といった心理的な“要件”や、「オリンピック・パラリンピック競技に関する基本的な知識がある方」「スポーツボランティアをはじめとするボランティア経験がある方」「英語、その他言語及び手話のスキルを活かしたい方」といった“知識・経験・スキルの有無”を挙げています。

 また、大前提となる「活動期間」を「10日以上を基本」としていること。さらには2時間程度のオリエンテーションや3~4時間程度の共通研修に加え、役割別・会場別の研修への参加も必須となります。そして、オリエンテーションや研修および活動期間中における滞在先までの交通費や宿泊は“自己負担・自己手配”となっています。

東京五輪「ブラックボランティア」の懸案事項

 以上のように募集要項をみていくと、応募条件自体はそれほど高いハードルに感じませんが、活動期間や研修会参加等への日程確保、さらには交通費や宿泊費等にかかる資金確保といった前提条件のハードルは高いように感じます。

 作家の本間龍氏は『ブラックボランティア』において、現在の五輪は非営利の真逆、究極の「営利活動の場」である。<中略>50社〔18年6月現在〕のスポンサーから4000億円以上(非公開のため推定)の協賛金を集めている経済原理に組み込まれた“巨大商業イベント”であるのにもかかわらず、スタッフを「真夏の酷暑下で8時間、10日間以上働くのに無償」のボランティアに担わせようとしていることに警鐘を鳴らしつつ、ツイッターなどでも積極的に発信し、多くの支持を受けています。

 同様に、東京都は2018年の7月24日に人気女優の広瀬すずさんを起用したボランティア募集のCM動画を発表したが、製作だけで税金約4千万円を投入していたことから、ネットを中心に「税金から多額の広告宣伝費を出しているのに、ボランティアは無報酬。さらに宿泊先の確保や費用は自己負担」と批判が巻き起こりました。

 さらには文部科学省とスポーツ庁が7月26日付で全国の大学などに、大学生らが参加しやすいように授業や試験日程の変更などを促す内容の通知を発表しました。しかしこれに対しても大学教員や学生らが反発。東大名誉教授の醍醐聰氏は「授業日程の変更まで誘導するのは、ボランティアの枠を超えて強制的な動員に近い」と述べています。

 このような組織委や都、さらに省庁までも巻き込んだ矛盾を含んだ強引なおこないに対して、ネットやSNS上をコミュニティの場として「東京五輪はブラックボランティア!?」の懸念が大きくなっていったと考えられます。

五輪ボランティアに求められる9分野の人材

 ところで実際には、五輪ボランティアはブラックなのでしょうか。また反対にどんな活躍の場や楽しみ・喜びが、そしてどういった人材にどれくらいの需要があるのでしょうか。

 五輪ボランティアの活動分野は9つに分かれています。各分野の募集予定人数や主な役割、そして魅力や活躍の可能性を、3大会で五輪ボランティア経験した西川千春氏の『東京オリンピックのボランティアになりたい人が読む本』を参考にみていきましょう。

 1)案内:16,000~25,000人。会場での観客や関係者の案内・誘導が主な活動内容となり、必然的に競技を観戦できる可能性が高くなる分野です。「ボランティアのなかでも特に“大会の顔”というイメージ」で、いろいろな人たちと接する機会が多くあります。

 2)競技:15,000~17,000人。競技会場や練習会場での競技運営のサポートが主な活動内容となり、競技の熱狂を間近で体感できることにもつながる分野です。「競技自体をサポートするため、その中心となる選手との距離がさらに近くなるのが魅力」といいます。

 3)移動サポート(運転等):10,000~14,000人。大会関係者の会場間を移動や送迎の際のドライバー、車やバスの配車・誘導等が主な活動内容となります。なお、特にドライバーは「人と接するのが好きで、運転好きの方におすすめ」だそうです。

 4)アテンド:8,000~12,000人。来日した選手や大会・メディア関係者に付き添い、外国語を使ってサポートする分野です。語学力を活かして選手の声を世界に届ける手助けをする「言語サービス」や、選手との距離が近い「選手団サポート」などがあります。

 5)運営サポート:8,000~10,000人。競技会場や選手村からメディアセンターなどのオリンピック関連の施設の運営を多岐にわたりサポートする分野です。競技会場でスタッフの受付をおこなうなど、大所帯となるボランティアスタッフのサポートなども含まれます。

 6)ヘルスケア:4,000~6,000人。選手から観客まで、急病人やけが人が出た場合の対応をおこなう分野です。また、ドーピング検査のサポートも担当。責任感と確実性が求められますが、五輪の舞台裏を生で体験できる「穴場のポジション」ともいえるそうです。

 7)テクノロジー:2,000~4,000人。大会運営に必要な音響・映像・照明・通信・記録表示など、多岐にわたる技術機器の管理・サポートする分野です。エンジニアや技術者をサポートとし、スコア・記録のための補助、機材の管理・確認などをおこないます。

 8)メディア:2,000~4,000人。国内外のメディアが快適に取材できるように、さまざまなサポートをおこなう分野です。特に世界中から集まる報道関係者をサポートする「メディア対応サポート」は、「プロの報道関係者の仕事を間近で体験でき、その緊張感を共有できる特別な役割」となり魅力的です。ただし共通語は英語になります。

 9)式典:1,000~2,000人。各競技の表彰式での案内や、メダル・記念品の管理サポートをおこなう分野です。募集人数は最も少ないですが、プレゼンターと一緒にメダルを持って表彰式に臨む機会があるなど注目度は満点のため、毎回希望が殺到します。

ボランティアの意味と意義

 ボランティアの語源は「志願兵」で、本来「無償」というような意味は含まれていません。また、もっとも大切なことは、「個人の自由意志による参加」であることです。

 参加への高いハードルや運営側の資金面の不透明性など、残念ながら五輪ボランティアは数多の問題が潜んでいるようです。しかし、だからといって、興味があるのに一顧だにしないで無下に不参加と決めてしまうには、機会損失が大きいイベントでもあります。

 西川氏は「批判的な指摘も含め、様々な意見があります。<中略>参加するかどうか迷うかもしれません。そんなときは、オリンピック・パラリンピック関連のイベントに足を運んでみることをおすすめします」と述べています。

 将来的に五輪ボランティアだけでなくボランティアの待遇改善を希求するとともに、一番近い五輪である東京五輪では自分に一番あったよりよい関わりを考慮し、そのうえで「自由意志」が高まったとしたら、ボランティアとして参加するのもよいかもしれません。

<参考文献・参考サイト>
・『ブラックボランティア』(本間龍著、角川新書)
・『東京オリンピックのボランティアになりたい人が読む本』(西川千春著、イカロス出版)
・東京2020大会ボランティア - Tokyo 2020
https://tokyo2020.org/jp/special/volunteer/
・東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会 都市ボランティア募集要項の公表
http://www.city-volunteer.metro.tokyo.jp/jp/about/tokyo2020/requirement/index.html
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