テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2020.10.10

消費税、書籍の「総額表示」の問題点とは?

 現在、多くの商品で「総額表示方式」が一般的です。これは法律で決められているのですが、一部例外が認められてきました。その中に「書籍」があったのですが、2021年3月いっぱいで特例の期限が切れるようです。このことでさまざまな意見が出ているようです。ここでは、書籍に対する「総額表示」が今、どういう状況にあるのか少し詳しく見てみましょう。

書籍の特例期間は2021年4月に終了

 平成25年(2013年)施行の消費税転嫁対策特別措置法では、書籍は特例としてその総額表示が免除されていました(雑誌はすでに総額表示)が、特例期間が終わる2021年4月から総額表示に切り替わります。このことについてTwitter上では、主に作家や編集者から「#出版物の総額表示義務化に反対します」というハッシュタグとともに総額表示の義務化に反対する動きが広まっています。同問題を取り上げたJ-CASTニュースには、「これを通されたら小さい出版社はのきなみ潰れ、ちょっとマニアックな本はぜんぶ消滅します」といった声が紹介されています。どういうことでしょうか。

出版社や書店が抱えている点数はかなり多い

 2003年に日本書籍出版協会などが財務大臣に対し提出した「消費税の価格表示に関する要望書」によると、出版社は多品種の既刊書在庫を約60万点、長期間保有しています。この時点から17年がたった今では既刊書在庫はもっと増えていると考えられます。また、書店ではだいたい坪あたり400点くらい置かれており、駅前10坪強の書店でも4,000点に達するとのことです。密度にするとコンビニの6倍。こういった莫大な数の既刊書の値段表示を一つ一つ変える作業には相当のコストがかかります。また、書籍は出版されてから何十年もかけて販売されるものもあります。こういったものの価格表示を、税率が今後どうなるか分からない状況で修正することは、リスクを伴う作業でもあります。

1989年の消費税増税時には絶版が相次いでいる

 2003年に日本書籍出版協会などが財務大臣に対して出した「消費税の価格表示に関する要望書」には、過去、総額表示にした際に起きた大きな問題があったことが分かります。これによると、1989年に日本で初めて消費税が導入された時には、店頭商品も含めて総額表示に一律に変更することになり、出版社においては、1社平均 3,623 万円(日本書籍出版協会調べ。全産業では 5 万円以下 55.9%、1,000 万円超 0.8%、大蔵省調べ)となったとのこと。この結果、経費等との兼合いから廃棄または絶版にせざるを得なかった専門書や小部数出版物が多数に上るという事態が起きています。さらには、取次会社や全国の小売書店においても、システムの変更、商品の入れ替えに伴う返品・再出荷の運賃負担などが生じたそうです。今回も恐れられているのはこの事態です。

カバーの再印刷は不要

 これらの点について財務省は、書籍などに挟み込まれているスリップ(本に挟まれている2つ折りの「補充注文カード」)のボウズ(「補充注文カード」の上部の丸い突起部分)への総額表示は「引き続き有効」としています。書籍自体またはカバーへの表示を税込価格に変更すること、そのほか「何らかの形で価格が表示されていれば認められる」とのことです。つまり、本の装丁(カバー)に記された価格は修正する必要はないということです。これであれば、何十万点という在庫の表紙をすべて刷りなおして装丁を付け替えるという手間は不要です。

絶版は回避できるかもしれない

 こうしたことから、今回の事態で返品が増え、これまでの本が絶版になるといった事態は回避できそうです。しかし、スリップは現状、廃止する出版社が増えています。また、スリップでも、もしくはしおりのようなものを使うにしても、印刷して交換する手間(費用)はかかります。何千冊という本にいちいちスリップを挟み込む手間が軽いものではないことは、想像に難くありません。一方、特例で延ばしていたのに、出版業界の対応が遅いという意見もあるようです。日本書籍出版協会は「出版現場から安価で手間がかからない表示方法案があれば、協会で検討したり財務省に確認する」としています。どのような方策が出せるか、ある意味、出版業界は時代に試されている時かもしれません。

<参考サイト>
・出版物の総額表示 スリップは「引き続き有効」 財務省主税局が説明│文化通信社
https://www.bunkanews.jp/article/222020/
・消費税転嫁対策特別措置法のガイドライン(総額表示義務の特例)について|財務省
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/consumption/20150401tenka.htm
・「#出版物の総額表示義務化に反対します」作家・編集者から危惧相次ぐ理由│J-CASTニュース
https://www.j-cast.com/2020/09/16394557.html
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
自分を豊かにする“教養の自己投資”始めてみませんか?
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,100本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

権威主義とポピュリズムへの対抗…歴史を学び、連帯しよう

権威主義とポピュリズムへの対抗…歴史を学び、連帯しよう

民主主義の本質(5)民主主義を守り育てるために

ポピュリズムや権威主義的な国家の脅威が迫る現在の国際社会。それに対抗し、民主主義的な社会を堅持するために、国際社会の中で日本はどのように振る舞うべきか。議論を進める前提として大事なのは「歴史から学ぶ」ことである...
収録日:2024/02/05
追加日:2024/04/23
橋爪大三郎
社会学者
2

ルネサンスはどうやって始まった?…美術の時代背景

ルネサンスはどうやって始まった?…美術の時代背景

ルネサンス美術の見方(1)ルネサンス美術とは何か

ルネサンス美術とはいったい何なのか。これを考えるためには、なぜその時代に古代ギリシャ、ローマの文化が復活しなければならなかったのかを考える必要がある。その鍵は、ルネサンス以前のイタリアの分裂した都市国家の状態や...
収録日:2019/09/06
追加日:2019/10/31
池上英洋
東京造形大学教授
3

OpenAI創業者サム・アルトマンとはいかなる人物なのか

OpenAI創業者サム・アルトマンとはいかなる人物なのか

サム・アルトマンの成功哲学とOpenAI秘話(1)ChatGPT生みの親の半生

ChatGPTを生みだしたOpenAI創業者のサム・アルトマン。AIの進化・発展によって急速に変化している世界の情報環境だが、今その中心にいる人物といっていいだろう。今回のシリーズでは、サム・アルトマンの才能や彼をとりまくアメ...
収録日:2024/03/13
追加日:2024/04/19
桑原晃弥
経済・経営ジャーナリスト
4

新宿の歴史…かつては馬糞臭い宿場町だった「内藤新宿」

新宿の歴史…かつては馬糞臭い宿場町だった「内藤新宿」

『江戸名所図会』で歩く東京~内藤新宿(1)内藤新宿の誕生と役割

江戸時代後期に書かれた地誌『江戸名所図会』(えどめいしょずえ)をひもとくと、江戸時代の街の様子や人々の暮らしぶりが見えてくる。今回は、五街道の宿場町として重要な役割を果たした「内藤新宿」を取り上げ、新宿のかつて...
収録日:2024/02/19
追加日:2024/04/21
堀口茉純
歴史作家
5

「和歌」と「宣命」でたどる奈良時代の日本語とその変遷

「和歌」と「宣命」でたどる奈良時代の日本語とその変遷

文明語としての日本語の登場(1)古代日本語の復元

日本語の発音は、漢字到来以来一千年の歴史を通してどう変わってきたのか。また、なぜ日本語は「文明語」として世界に名だたる存在といえるのか。二つの疑問を解き明かす日本語学者として釘貫亨氏をお招きした。1回目は古代日本...
収録日:2023/12/01
追加日:2024/03/08
釘貫亨
名古屋大学名誉教授