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DATE/ 2021.03.01

現代の日本語は江戸時代でも通じるのか?

 現代の日本語は江戸時代でも通じるのか?時空を超えるIFに対して、「ジャパノート -日本の文化と伝統を伝えるブログ-」の興味深い記事「江戸時代の言葉は今とあまり変わらない? 【会話の例】あり」では、以下のような見解を示しています。

問:現代の日本語は江戸時代でも通じるか?
答:江戸時代にも使われていた語彙も多数あるため、例えば文章として読む際は意味を理解することはできるだろうが、発音・アクセント・イントネーションなどが肝となる“会話”となると意外と難しいのではないか。

江戸言葉は「早くしゃべること」が粋!

 まずは、相違点の多いといわれる方からみていきましょう。江戸時代の言葉(以下「江戸言葉」)は、どのような発音・アクセント・イントネーションなどで話されていたのでしょうか。

 評論家で産経新聞元編集委員の大野敏明氏は江戸言葉にも詳しく、『知って合点江戸ことば』において、江戸言葉の発音の特徴を以下のように列挙しています。

 まず、「動詞につく音便化された接頭語」です。例えば、「とっつく」(しっかりとつかまる・組みつく、新しく物事を始める、きっかけをつかむ)は、1)「付く」という言葉を強調するために、2)「取り付く」とし、3)そのうえで接頭語の「取り」のうちの「り」が音便化している――などです。

 同様に、「うっちゃる」(投げ捨てる、ほったらかす)は「打ち遣る」、「つっぷす」(急に顔などを伏せる、勢いよくうつぶせになる)は「突き伏す」、「ひったくる」(人の持っている物を手でつかんで無理に奪い取る)は「引き手繰る」などの音便化が挙げられます。

 さらに音便化のうちでも、言葉の一部が小さい「っ」に変化する促音便(例:「待ちて」が「待って」)、言葉の一部が「ん」に変化する撥音便(例:「読みた」が「読んだ」)、言葉の一部が「い」に変化するイ音便(例:「ござります」が「ございます」)、言葉の一部が「う」に変化するウ音便(例:「かぐはし」が「かうばし」)などは、標準語でもよくみられる音便化ではあるものの、特に江戸言葉には多いとしています。

 また、「ai発音のe化」も挙げています。具体的には、「違いない(chigainai)」が「ちげーねー(chigeーneー)」、「大根(daikon)」は「でーこん(deーkon)」、「入る(hairu)」は「へーる(heーru)」、「大概(taigai)」は「てーげー(teーgeー)」などです。

 そして、江戸言葉の「ai」の発音が「eー」に変化した理由として大野氏は、早くしゃべることに特徴がある江戸言葉においては、早くしゃべることの妨げとなる母音の重なりを嫌い、結果として「aiという二つの母音発音がeに一本化されるのである」と述べています。

江戸言葉抄~「あんよ」から「ヤバい」まで

 今度は視点を変えて、一致点の多い方、現代の日本語にも息づいている江戸言葉を列挙してみましょう。

 歩くことを「あんよ」、降りることを「おんり」、おなかを「ぽんぽん」、おしっこを「しーしー」、寝ることを「ねんね」、汚いことを「ばっちい」など、幼児語のルーツは江戸言葉に多数あるといわれています。

 そして、「伊達者」(おしゃれな人)、「足らぬ人」(ばかな人)、「でくの坊」(役立たず)、「ピーピー」(貧乏)、「ほの字」(惚れること)、「みそっかす」(一人前に扱ってもらえない子)など、あえてストレートに表現しない心憎いような言葉も多々あります。

 また、いかにも江戸っ子らしい、「あたぼう」「がってん」「おっちょこちょい」「こまっしゃくれる」「しゃらくさい」「すってんてん」「すれっからし」なども挙げられます。

 さらには、「小股の切れ上がった女」(スマートな美人)、「いなせな兄い」(粋で威勢がよく男気のある青年)、「しわんぼう」(けち)、「しんねりむっつり」(陰気な様子)、「ぞろっぺえ」(いい加減でだらしない)など、現代では日常的に使われているとは言いがたいものの、聞けばなんとなく意味が伝わるような粋な言葉も多数あります。

 そして、真面目を表す「マジ」、癪に障ったり腹が立ったりするときの吐き捨てるように言う「ムカつく」、気取った人を揶揄するような「スカす」、危ないときに口に付く「ヤバい」など、現代におけるいわゆる若者言葉も、江戸時代にも使われていたようです。

 なお、江戸時代後期の滑稽本(江戸の町人の日常生活に取材し、主として会話を通じて人物の言動の滑稽さを描写した小説の一種)の代表作である十返舎一九『東海道中膝栗毛』にも、「やばなこと」という表現が見られます。

江戸言葉の現代語訳は無理!?しかし…

 『東海道中膝栗毛』を例に挙げましたが、江戸言葉を感じる一番手軽かつ確実な方法といえば、やはり江戸文学に触れることではないでしょうか。珠玉の古典を網羅した『新編 日本古典文学全集』(小学館)には、江戸文学の名作も収載されています。

 ところが、誰もが手軽に自分のペースで自由に古典に親しめるよう、原文・現代語訳・頭注で構成された画期的な三段組スタイルが“売り”の『新編 日本古典文学全集』においても、『東海道中膝栗毛』だけでなく江戸後期の会話体を主とする洒落本・滑稽本・人情本、黄表紙・川柳・狂歌などの俗文学や戯作、また連歌集・俳諧集については、あえて現代語訳を省いた二段組みとしています。

 その真意を『新編 日本古典文学全集』に編集長として携わった元文学担当編集者の佐山辰夫氏は、「会話の微妙なニュアンスまで現代語に置き換えるのは無理と判断したため」と述べています。そして、外国語を日本語に置き換える“訳”という感覚では、江戸時代に用いられていた言葉の意味をかえって十分に現代には伝えられないとしています。

 しかしながら、現代にもたくさんの江戸文学ファンはいます。そのように考えていくと、現代の日本語を標準的に使う人であれば、『東海道中膝栗毛』はもちろんのこと、その他の洒落本・滑稽本・人情本から、黄表紙・川柳・狂歌や連歌・俳諧に至るまで、わざわざ現代語訳を用いなくとも、注釈などのそれなりの手引きがあれば、十分に楽しむことができるともいえます。

 また、歌舞伎や時代劇、また能や狂言などを観ることでも、それなりに江戸言葉を感じることができるように思いますが、それらの芸能には現代でも多くのファンがいることから、現代人にとっても十分に娯楽としても楽しめるほどに魅力的であり、構成する江戸言葉が身近な存在であることを感じることもできます。

言葉や文化が“通じる”ためには?

 以上のように江戸言葉をめぐることによって、現代の日本語を使う人々でも素直で開かれた心意気があれば、多少の工夫や努力は必要とはいえ、十分に江戸言葉を楽しめる、ひいては江戸言葉が通じるといえることがみえてきました。

 そう考えれば“逆もまた真なり”といえます。そこでさらに冒頭の問いに立ち返ってみると、以下の別答が立ち上がってきます。

問:現代の日本語は江戸時代でも通じるか?
別答:身振りや手振りなどボディーランゲージをまじえつつ、さらに相対して場の空気を共有することによって、通じるかもしれない。

 通じる会話の基本はお互いで場の空気を共有し、相手を理解したいと思い合い、よりよく高め合っていくことですが、現代の日本語の使い手が江戸時代で江戸っ子に話しかけた際であっても、“もし”相手にこちらの心意気を感じてもらい、場の空気を共有できたのなら、やはり通じ合えるように思います。

 そして大前提として、現代の日本語の「標準語」は、江戸言葉のうちの特に「山の手言葉」といわれる江戸の旗本・御家人の言葉の流れをくむ言葉を土台としているため、外国語を使う人に現代の日本語で話しかけるよりも、比較的容易に通じるのではないでしょうか。

 この別答が珍答となるか名答となるかは、時空を超えるIFが果たされないと証明されえませんが、例えば江戸文学を紐解くことや歌舞伎を観劇することで江戸時代の文化に遊ぶことは、現代の日本語使いにとっても、とびきりの悦楽に通じる扉となるかもしれません。

<参考文献・参考サイト>
江戸時代の言葉は今とあまり変わらない? 【会話の例】あり
https://idea1616.com/edo-kotoba/
・『知って合点江戸ことば』(大野敏明著、文春新書)
・『新編 日本古典文学全集』(小学館)
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