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DATE/ 2021.08.17

英語学習に最適!『英文学教授が教えたがる名作の英語』

 英語が苦手でも、英文学の名作を原文のまま読んでみたい。そんな切実な想いを秘めた読書好きにとって、画期的な一冊が誕生しました。それが、東京大学大学院人文社会系研究科・文学部教授である阿部公彦先生の著書『英文学教授が教えたがる名作の英語』です。

 本書で阿部先生は、「言葉は私たちの“心の味覚”に働きかけてきます。<中略>文学作品の文章は“おいしい”を知るのにもってこいです」と、切実な読書を希求する読者を優しく誘ってくれます。

阿部先生が“教えたがる”おいしい7名作

 では具体的に、阿部先生はどの文学作品を通して、文学作品の読書体験を教えてくれているのでしょうか。【阿部先生が“教えたがる”おいしい7名作】は、以下の7作品です。

(1)ダニエル・デフォー『ロビンソン・クルーソー』(1719)
近代小説の礎と賞されるこの作品からは、有名な難破の場面を抜粋。接続詞に注目しながら、主人公がおかれた状況や心理、臨場感を生み出すプロセスを解説しています。

(2)ジョナサン・スウィフト『ガリヴァー旅行記』(1726)
風刺と寓話の名作といわれるこの作品からは、リリパット国で小人に捕らえられた象徴的な場面を抜粋。奇想天外な出来事を含めたさまざまな要素を、「経験的主義的な観察者の視点」から捉えた魅力を詳述しています。

(3)ジェイン・オースティン『高慢と偏見』(1813)
徹底した日常性とリアリズムから描き出された、“結婚モノ”近代小説の傑作であるこの作品からは、主人公と名脇役が恋愛技法と結婚観を語り合う場面を抜粋。作法書小説のルーツともいえる本作を通して、人生指南の妙を解き明かしています。

(4)エドガー・アラン・ポオ「黒猫」(1843)
過剰なまでの描写が非常に印象的なこの作品からは、黒猫を殺そうとした主人公を止めに入った妻を斧で惨殺する劇的な場面を抜粋。作者の独特な視界を作品に結晶させ、過剰な効果に充ち満ちた文体の秘密を探求しています。

(5)F・スコット・フィツジェラルド「リッチ・ボーイ」(1926)
狂騒の1920年代を背景に主人公の光と影を描いたこの作品からは、主人公とヒロインの関係の変化が表現されている場面を抜粋。分詞構文の効果や語彙の用法を通して、語り手の視点の遠近や語りのアイロニーなどの表現技法を、丁寧に解題しています。

(6)アーネスト・ヘミングウェイ『老人と海』(1952)
ハードボイルドの典型ともいわれるこの作品からは、主人公が大海のなか、ひとりでメカジキと格闘する場面を抜粋。ヘミングウェイの氷山理論の実践ともいえる文体から、心の奥を表現するための作法を考察しています。

(7)村上春樹「シェエラザード」(2014)
唯一の日本語作品の英訳として、『女のいない男たち』収録のこの作品から、主人公の親密な女性“シェエラザード”が自分の前世を語る場面を抜粋。村上春樹氏は日本語で小説を発表していますが、英文学から多大な影響を受けた“英文学圏作家”の代表ともいえる世界規模で人気のある作家です。村上氏の短編に多用される“奇譚仕立て”に注目した、阿部先生の「謎かけ構造」論が秀逸です。

 加えて、「補講」と称して、シェイクスピア『ソネット集』、ロマン派詩人ジョン・キーツやアメリカを代表する詩人ウォルト・ホイットマンなどの紹介もあります。ご自身の専門を「英米文学、とくに詩」と自己紹介されている阿部先生の詩の解説は、小粋かつ非常に奥深く、味わい尽くしたくなるような“おいしい”文学体験をさらに広げてくれます。

 7名作は抜粋により構成されていますが、「どんな作品も、実はそれが書かれた時代の“抜粋”でもあります。その作品の背後にはより大きな“本”があるのです。個別の作品を読む“おいしさ”は、より大きな“本”としての文化や時代を読む楽しさへとつながるものです」と阿部先生が説くように、まずはおいしい一口、最初の一読から始めてみてはいかがでしょう。

7層の解説で味わう・“おいしい”文学体験

 ところで、阿部先生はおいしい7名作を味わい尽くすために、どのように各名作を料理し、切実な体験を希求する読者のために、美しくおいしく仕立て上げているのでしょうか。

 1.作品の概要とあらすじ、2.「読みどころ」、3.原文抜粋部分の和訳、4.原文の抜粋、5.語釈と文法の解説、6.「より深く読む」、7.文献案内――といった【7層の“ミルフィーユ型”解説】によって、名作にひとりでじっくりと向かい合い、読書という豊かな個人的体験を存分に味わい楽しめるような構成に仕立て上げています。

 まず、1.作品の概要とあらすじでは、時代背景や作品の成り立ちや小説のルールなどが、阿部先生の詩的な視点を通して、コンパクトかつ丁寧に解説されています。そこで、続く2.「読みどころ」を自身に透過させることで、五感を使って名作へのアフォードを高めていくといいでしょう。

 3.原文抜粋部分の和訳と4.原文の抜粋は対訳となっています。さらに、5.語釈と文法の解説によって「名作を読むため」のキーとなる語彙や用例、文法・用法・構文の注意点などが丁寧に解説されています。ですから、3と4を行きつ戻りつしながら、自分の五感でそれぞれの名作を味わい尽くすといいでしょう。

 ただし、食事にマナーが大切であるのと同様、名作を真においしく味わい尽くすためにも、そこを意識したいですね。つまり、独りよがりとならないように、5.を適宜参照することも重要だということです。さらに、6.「より深く読む」で、名作のおいしさを心身の栄養とするように、五感を通して読み尽くした読書体験を理論や解釈を通して頭でも理解することで、知識と記憶に定着させていくといいでしょう。

 最後に、阿部先生が「言葉の勉強をするということは、その先にいろんなことが待っている。<中略>言葉の勉強をつづけるのに圧倒的に有効なのは読むことです」と言うように、締めとなるコンパクトかつ充実の7.文献案内は、次なる“おいしい”読書体験へとつながっています。

原文の読書体験で世界の真髄を味わい尽くす

 阿部先生は「英語を続けたいなら、読め、と私は言いたい。いったん読む習慣を見つけた人は強い。どんどん雪だるま式に力が増殖していきます。<中略>読むことのポテンシャルはやはりすごい」と断言します。特に原文を読むことには、圧倒的なポテンシャルを秘めています。

 ということで、本書は英文学を楽しみたい、英語を身につけたい全ての読者に開かれた、とっておきの入門書なのです。ページをめくると、本書には英文学との多層な出合いが用意されています。百聞は一見にしかず、いわんや一読は一会に通ず。ぜひ手にとって読むことによって、その真髄を味わい尽くしてください。

<参考文献>
『英文学教授が教えたがる名作の英語』(阿部公彦著、文藝春秋)
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163913162

<参考サイト>
阿部公彦先生のホームページ
http://abemasahiko.my.coocan.jp/index.html
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