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DATE/ 2022.05.13

『後悔を活かす心理学』で成長と成功のための方法を学ぶ

 「五月病」という言葉、コロナ禍ではめっきり聞かなくなりました。リモート中心で目立たなくなったとはいえ、新しい環境に適応できず、「ああすればよかった」「これは、やるんじゃなかった」と、とかく増えがちなのが後悔。多少の後悔は、次のための戒めになりますが、限度を超えると「五月病」のような気分の落ち込みが見られます。メンタルな状態だけでなく、湿疹などの皮膚トラブル、消化不良や下痢、便秘が続く消化器トラブル、眠れなくなるなどの身体状態にまで悪影響を及ぼしてきます。

 心にも体にもよくない後悔を全く「しない」のではなく、「活かす」ことで次につなぎたいと考えて書かれたのが『後悔を活かす心理学-成長と成功を導く意思決定と対処法』(上市秀雄著、中公新書)です。

 宮本武蔵は「我事において後悔せず」の名言を残しましたが、数多くの勝負を行なった彼の人生において、節目節目で何らかのネガティブな気持ちが生じたことは間違いありません。にもかかわらず「後悔せず」と言い切れたのは、後悔に対して適切に対処し、乗り越え、自分を高めていく努力を積んだということではないでしょうか。それこそが、わたしたちの人生にも活かせる「後悔学」だと思われます。

人生の最後に後悔する五つのこととは

 本書を執筆された上市秀雄先生は現在、筑波大学システム情報系社会工学域の准教授として研究や教育、著述にと多方面の活躍をされています。しかし、その道のりは順風満帆とはいえません。高校生で二度の不登校、大学受験では三浪、就職してからも体調を崩して2年で退職、大学院でも1年の留年など、挫折や失敗体験を繰り返してこられました。

 そのような紆余曲折のたびにダメージを受けながらも、ご自身の後悔に向き合い、その経験を他の状況に適用しようとしてきた体験が、現在の研究につながっています。そのため、多くの人にその手法を共有して、成長や成功につなげてもらいたいという気持ちが本書の随所にこもっています。

 折りしも日本では、超高齢化が進行、それに伴う問題がいろいろ浮上しています。そうしたなか、ニュースにはならないけれども深刻なのは、「人生に悔いを残して終わりを迎える」ことです。研究によると、死を迎えるときの後悔には、「自分に正直な人生を送ればよかった」「働きすぎなければよかった」「思い切って自分の気持ちを伝えればよかった」「友人との連絡を取り続ければよかった」「幸せをあきらめなければよかった」の五つが主なものとされています。

 その一方で、見送る側の家族など、残された人たちにも後悔が生じます。亡くなっていく人も見送る人も、「行なった後悔」よりも「行なわなかった後悔」をしている人のほうが多いことが分かってきました。後悔をそのままにせず、適切に対処することが可能だと言ってくれる上市先生の言葉は、実践してこそ役に立つものです。

後悔の種類を知り、未来展望に活かす

「後悔先に立たず」といいますが、学術的にいうと後悔には「過去展望」と「未来展望」の2種類があると上市先生は言います。

 過去展望の後悔は一般的なもので、たとえば何種類かのスイーツのなかでパフェを選んだ後、友人の頼んだモンブランを見て、そちらを選んでおけばよかったと感じるような場合です。一方、未来展望の後悔は、予期後悔ともいわれ、実際に経験した結果ではなく、「想像上の結果」に対する感情を指します。こちらは未来のネガティブな結果に対する予測であり、人は予期後悔が最も小さくなるような選択肢を選ぶ傾向があります。たとえば生活習慣病にならないためにせっせとウォーキングをするとか、落第しないために勉強するなどの行為です。

「こんなことになるなら、あのようにしておけばよかった」と、後悔が結果ではなくプロセスに向かう場合もあります。人は最後まで達成できた事柄よりも、達成できなかったことや途中でやめてしまったことをよく覚えていたり、思い出しやすいという心理特性があるためです。

 先に立たない後悔を未来への手すりにするために、想像力をめぐらせる予期後悔は、日常的な買い物やコミュニケーションでも非常に役立つ一方、「安いのは今だけ。買わなければ損をする」というかたちで悪徳商法などにも利用されています。騙されて後悔しないためには、「自分も騙される可能性がある」と認識することだと上市先生は呼びかけています。

判断を狂わせる「認知バイアス」を知る

 ネットワークビジネスなど、周囲で多くの実例を見ていながら、「自分だけは騙されない」と思ってしまうのは、心理学でいう「認知バイアス」があるためです。

 たとえば「思い込み」。「まさかこんなところに、あの人がいるはずがない」と思い込んでしまうと、目の前の人物の正体を見分けることができなくなります。ドラマの『水戸黄門』のような例は、実際にも起こるのです。

 あるいは「情報接触量」。ここで問題です。昨年1年間で亡くなった方のうち、「1. 交通事故で死亡した高齢者(65歳以上)の人数」「2. 家庭内の浴槽で溺死した人数」「3. 火災で亡くなった人数」「4. 他殺で亡くなった人数」「5. 結核で亡くなった人数」のどれが最多で、どんな順になると思いますか。

 高齢者ドライバーの交通事故や火災のニュースはよく報道されるので、これらの事例はすぐ思い出すことができます。逆に「溺れるのは海や川で、浴槽で死ぬ人はいないだろう」「結核の人が今どきいるのか」と思う人も多いと思います。実際に2019年のデータを見ると、一番多いのは2(浴槽で溺死)で5166人、次が5(結核)で2038人、以下、1(交通事故)の1782人、3(火災)の1427人、4(他殺)の299人の順となっています。思い出しやすいこと=よくあることと感じてしまうのは「入手容易性ヒューリスティック」といわれていますが、今回の問題もそのバイアスがかかっていなかったでしょうか。

後悔を回避するための能力・傾向性を身につける

 ほかにも、自分の仮説や信念を確認するための証拠を探しがちな「確証バイアス」、すでに支払ったコストにこだわる「サンクコスト」など、さまざまな認知バイアスが人には備わっています。それらを回避するためには、物事をできるだけ単純化して、論理的に考えることが役立ちます。後悔しないために必要な能力として、上市先生は「メタ認知能力」「後悔尺度」「クリティカルシンキング」を挙げています。

 具体的な手法として、たとえば転職する際には、そのための要因や選択肢を思い浮かべるだけでなく、実際に目で見ることができるように紙などに書き出して「可視化」すること。このとき、選択肢が多すぎると、それも後悔につながるので、選択肢は少数にしぼること。さらに自分のやりたいことや興味にあった進路を選ぶより、「自分に合っていない進路を避ける」ことが重要だと上市先生は言います。「苦にならない」選択肢を残すために、予期後悔が役立ち、後悔を最小化させてくれるのです。

 また、図解も豊富で分かりやすく、巻末には後悔回避・対処フローチャートもついた本書は、後悔回避と後悔対処を実践する人のための書籍です。「やらないで後悔するより、やって後悔したほうがまし」だと思うすべての方に、ぜひ役立てていただきたい一冊です。

<参考文献>
『後悔を活かす心理学-成長と成功を導く意思決定と対処法』(上市秀雄著、中公新書)
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2022/04/102692.html

<参考サイト>
上市秀雄先生の研究室(社会・認知心理学研究室)のホームページ
https://www.u.tsukuba.ac.jp/~ueichi.hideo.fn/index.html

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