テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2024.01.29

銭湯はどこへ消えた?

憩いの場、宣伝の場としての銭湯

 江戸時代に大流行して以来、庶民の憩いの場として心と身体をほぐしてくれた銭湯。銭湯全盛期の昭和40年代には、ご近所さんが集っては世間話に盛り上がり、風呂あがりにビンのコーヒー牛乳をひと息で飲み干す風景が、馴染み深い庶民文化のワンシーンでした。

 また、朝風呂を堪能することも、粋なライフスタイルとして親しまれてきました。そして、銭湯といえば忘れてはいけないのが銭湯絵。浴場の壁にペンキで富士山などを描いた銭湯絵は、日本の職人技が光る大衆アートとして人々の目を楽しませたものです。

 交流の場として賑わった銭湯からは大ヒットの銭湯アイテムも誕生しました。それが黄色のカラーリングで有名な「ケロリン桶(おけ)」です。ケロリンとは内外薬品が大正14年に発売した解毒鎮痛剤のこと。睦和商事が広告媒体としての銭湯の社交力に目を付けたのが、ケロリン桶誕生のきっかけでした。昭和30年代後半、丈夫で清潔さを保ちやすいプラスチック製品は高価でしたが、ケロリンの宣伝文句を桶の底に印刷することで広告費を得て、睦和商事は販売価格を下げることに成功したのです。昭和38年に販売されたケロリン桶は、これまでに全国の銭湯、ホテル、レジャー施設で250万個以上が使われてきました。

 今では、内外薬品が「守るべき銭湯文化」としてケロリン桶事業を継承しています。ケロリン桶誕生秘話は、銭湯が「広告媒体」としても機能していたことをうかがわせるエピソードのひとつです。

10年で40%の銭湯が姿を消した……

 かつての賑わいやいずこへ。レジャースポットとしてスーパー銭湯が盛り上がりをみせる一方で、銭湯を取り巻くのは「相次ぐ廃業」という暗いニュースばかりです。

 実際のところ、銭湯はどれくらい減っているのでしょうか。令和4年度末時点の数字として厚生労働省がまとめた「衛生行政報告例」を見てみましょう。

 令和4年度末時点での「一般公衆浴場」、つまり町の銭湯の数は全国で3,000軒。平成29年度末では3,729軒、平成24年度末では4,804軒だったので、10年間で約40パーセントの銭湯が姿を消したことになります。昭和40年代前半に全盛期を迎えた銭湯は経営者の高齢化、風呂なしアパートの減少などにより、廃業の波がとまらないことがわかります。

 参考までに都道県別のデータをみると、令和4年度末でもっとも銭湯が多いのは東京467軒。そこに大阪の400軒、青森の276軒、鹿児島の255軒、北海道の218、兵庫の147軒、京都の143軒が続きます。それ以外のほとんどは50軒を切る状況。山形ではついに0件、茨城、島根、佐賀ではわずか1軒を数えるにとどまり、この4県では銭湯文化は風前の灯火となっています。また、人口に対する軒数の割合でいうと、青森には銭湯文化が根付いていることもわかります。

映画にドラマ。銭湯の灯は消えない

 銭湯は今や、熱心な愛好家や、交流の場として楽しむ町のお年寄りが支えているのが現状。しかし、そんな苦境のなかでも銭湯文化を守り、味わおうとするアクションは根強くおこっています。10年以上前の話ですが平成24年には、阿部寛さん主演の映画『テルマエ・ロマエ』が若い映画ファンを中心にヒット。現代の日本にタイムスリップした古代ローマの風呂設計技師が現代の銭湯文化に出会うストーリーですが、銭湯が物語の舞台として魅力的に描かれました。

 また、2023年には「"お湯"を愛する全ての人々に贈るお風呂エンタメ」として映画『湯道』が公開。『おくりびと』脚本の小山薫堂さん×『マスカレード』シリーズ製作陣、俳優の生田斗真さん、濱田岳さん、女優の橋本環奈さんなどの超豪華出演者による映画です。生田斗真さん演じる建築家の三浦史朗が、ひょんなことから亡き父が遺した実家の銭湯「まるきん温泉」の店主として数日間過ごす中で目の当たりにする人間模様を描いた作品です。

 仕事から帰宅した後、身体の凝りをほぐしに近所の銭湯に足をむける30代、40代の方の話も最近、耳にするようになりました。銭湯の効用を求める人が増えているのでしょう。銭湯のゆったりした時間が流れる銭湯のムードは仕事に疲れた心も癒してくれます。気軽におこなえる日常のリラクゼーションとしても、銭湯の灯を残していきたいものです。

<参考サイト>
・厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/36-19a.html
・湯道
https://yudo-movie.jp/
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,100本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

OpenAI創業者サム・アルトマンとはいかなる人物なのか

OpenAI創業者サム・アルトマンとはいかなる人物なのか

サム・アルトマンの成功哲学とOpenAI秘話(1)ChatGPT生みの親の半生

ChatGPTを生みだしたOpenAI創業者のサム・アルトマン。AIの進化・発展によって急速に変化している世界の情報環境だが、今その中心にいる人物といっていいだろう。今回のシリーズでは、サム・アルトマンの才能や彼をとりまくアメ...
収録日:2024/03/13
追加日:2024/04/19
桑原晃弥
経済・経営ジャーナリスト
2

「和歌」と「宣命」でたどる奈良時代の日本語とその変遷

「和歌」と「宣命」でたどる奈良時代の日本語とその変遷

文明語としての日本語の登場(1)古代日本語の復元

日本語の発音は、漢字到来以来一千年の歴史を通してどう変わってきたのか。また、なぜ日本語は「文明語」として世界に名だたる存在といえるのか。二つの疑問を解き明かす日本語学者として釘貫亨氏をお招きした。1回目は古代日本...
収録日:2023/12/01
追加日:2024/03/08
釘貫亨
名古屋大学名誉教授
3

歴史における「運」とは?ソクラテスの「運」から考える

歴史における「運」とは?ソクラテスの「運」から考える

運と歴史~人は運で決まるか(1)ソクラテスが見舞われた「運」

歴史における「運」とはどういうものだろうか。例えば、富裕と貧困という問題について、「運」で決まるのか、あるいは「運」とは異なる努力、教養、道徳などの要素で決まるのかという点でも、思想家たちの考え方は分かれる。第1...
収録日:2024/03/06
追加日:2024/04/18
山内昌之
東京大学名誉教授
4

急成長するインドネシアとトルコ、その理由と歴史的背景

急成長するインドネシアとトルコ、その理由と歴史的背景

グローバル・サウスは世界をどう変えるか(3)インドネシアの成長とトルコの外交力

グローバル・サウスの中でも高度経済成長を遂げているのがインドネシアだ。長期のスカルノ時代とスハルト時代を経てその後に民主化が進んだ、東南アジアで最大のイスラム教国である。また、トルコは多国間に接する地理的特性と...
収録日:2024/02/14
追加日:2024/04/17
島田晴雄
慶應義塾大学名誉教授
5

ぬばたまの、あしひきの……不思議な「枕詞」の意味は?

ぬばたまの、あしひきの……不思議な「枕詞」の意味は?

和歌のレトリック~技法と鑑賞(1)枕詞:その1

日本古来の詩の形式である和歌。しかし、その中身について詳しく知っている人は少ないのではないだろうか。渡部泰明氏が和歌のレトリックについて解説するシリーズレクチャー。第一弾である今回は枕詞についてで、その知られざ...
収録日:2019/03/11
追加日:2019/06/15
渡部泰明
東京大学名誉教授