●イギリスのEU離脱からグローバル化の違いを把握する
今回は、「EUを離脱したイギリスがTPP(Trans-Pacific Partnership、環太平洋戦略的経済連携協定)に入ったら?」という、現実にはかなりありえない話をします。TPPはまだ発効していませんが、イギリスは理論的にTPPに入ることができます。ただし名称はTPPではなく、「TPAP(Trans-Pacific and Atlantic Partnership)」というPPAPのようなものにならざるを得ないだろうとは思います。
なぜ架空の話としてEU離脱問題とTPP加盟を比較するのかというと、これが「グローバル化」と一言で済まされている事象の違いを把握する格好の事例になるからです。その例としてお聞きください。
「EU離脱を決定したイギリスがTPPに入る」というのは、今ではまだ、ある種のジョークです。私はイギリス大使館の人にそのようにお話ししたことがありますが、現実的な検討はスタートしていません。
しかし、イギリスの政策を考えてみますと、ヨーロッパ大陸からオーストラリア、ニュージーランド、日本などとの関係をこれからさらに強化していきたいという意識が、イギリスにはあります。もちろん北米(アメリカ・カナダ)との関係もありますが、旧英連邦を中心とした関係をもっと強くしないと、イギリスはEUからの離脱を補えないという意識があるのです。
もう一つ重要なことは、TPPにはイギリスが嫌っているEUの厳しい規制や条件がないことです。では、その違いは何なのかということで、グローバル化の話をしたいと思います。
●グローバリゼーションが突きつけた「不可能な三位一体」とは
ここに、二つの図を持ってきました。一つは「不可能な三位一体(Impossible Trinity)」です。1999年の『エコノミスト』に掲載されて以来、私はこの図をずっと使ってきました。
ここでは、「国家主権(National sovereignty)」「グローバルキャピタルマーケット(Global capital market)」「国際的規制(International regulation)」の三つを、いっぺんに達成することはできないと言っています。おそらく『エコノミスト』は、ラリー・サマーズ氏(元米国財務長官)の主張などをもとに書いていたのではないかと思いますが、三つのことを同時に達成することはできないから、「三位一体はImpossibleだ」という論説です。
もう一つの図も同じくグローバリゼーションについて書いたもので、ダニ・ロドリック氏というハーバード大学の経済学者によるものです。この人の論調もほとんど同じです。こちらでは、「グローバリゼーション」「国家主権」「民主的な政治・制度」は同時に達成できないと言っています。どれか二つは可能だが、三つ一緒には無理だというのです。
私が今日述べたいのは、これらの「三つを同時には達成できない」という議論をもとに、国家主権の中でどこに制約が加わるかという話です。
●EUとTPPの比較から見る「国家主権」への制約
では、EUとTPPを比較してみましょう。
TPPは、自由貿易圏構想です。これは、イギリスにとってはウェルカムです。もともと自由貿易は望むところですし、その意味では関税同盟、単一市場なども悪くありませんでした。ただし、そこでは農業問題や知的財産権問題など、解決しなければならない点があり、これらは二国間の交渉では難しく、マルチ(複数)で交渉を行う必要があります。この点が、NAFTA(北米自由貿易協定)やTPPの一つの特徴で、過去のWTO (World Trade Organization、世界貿易機関)とは違うところです。
次ですが、TPPには「シェンゲン協定」はありません。シェンゲン協定とは、国境検査なしで国境を越えることです。実はイギリスはこれには入っていないのですが、移民の入国に制限を加えたいというのがEU離脱の一つの理由に挙げられていました。TPPではもちろん、国境検査なしで国境を越える、などということはありません。各国がパスポート・コントロールをしているからです。
それから単一市場ですが、TPPには統一通貨のEUROというものはありません。日本は円を使い、アメリカはドルを使います。イギリスは従来通りスターリング・ポンドを使っているわけですが、統一通貨があることもEUの特徴です。
●経済だけでなく政治統合の大実験でもあるEU
もう一つ、イギリス人がEU離脱の理由として挙げているのは、「イギリスは民主主義の国だから、自分のことは自分で決める」という原則です。それなのに、EUに入っていると自分の知らないところ、つまりブリュッセルのEU代表部やストラスブールの欧州議会がものを決めて、規制をかけてくるのです。自分たちの身近な民主主義ではなく、EUの官僚たちに支配されるのは我慢できない、というイギリス人らしい反応があったのです。しかし、TPPにはそんなことはありません。各国...