●イノベーションに対する勘違いが起きている
楠木と申します。今日は、「イノベーションとは何か」ということではなく、「イノベーションとは何ではないか」ということをお話ししたいと思います。僕は競争戦略という分野で仕事をしているのですが、その視点からイノベーションというものを考えています。現在、「イノベーションなどやめておけ」という人はいません。
皆、朝から晩まで「イノベーションが大切だ」という話をしています。しかし改めて、そこにおいてイノベーションという言葉がどのような意味で使われているかを考えると、「この辺で何か一発新しいことをやろうじゃないか」という程度の意味しかありません。それでは、本来のイノベーションの意味から随分と逸脱し、矮小化されているように思います。
もちろん、イノベーションが必要であることには変わりありません。それは全くその通りなのですが、僕の見るところ、そうしたことを言ったりやったりしている企業ほど、かえってイノベーションから遠ざかり、コモディティー化の波に飲み込まれていくという、皮肉な成り行きがあるように思います。
とにかく問題の根源は、ごくごく最初の部分に関する勘違いにありますので、まずはその勘違いについて考えた方が良いでしょう。それにより、イノベーションの本質が分かるのです。
●スーパーコンピューターはイノベーションか?
今から、分かりやすい商品や技術の例をいくつか引き合いに出しますので、今の皆さんの定義や基準から、これらがイノベーションかそうでないかを判定して頂きたいと思います。イノベーションであると思ったら親指を上に、イノベーションではないと思ったら下に下げてみてください。時々どちらでもないという方がいらっしゃいますが、それはなしにして頂いて、皆さんの定義から必ず2択でご判定ください。
まず、非常に演算速度が速いスーパーコンピューターという領域がありますが、日本からは、理化学研究所が「京」というマシンを出しました。これはイノベーションといえるでしょうか。いえないでしょうか。
京よりさらに速いマシンがあります。これは「天河2号」といって中国(正確には人民解放軍)の所有物で、軍部の技術によるスーパーコンピューターです。これはイノベーションでしょうか。違うでしょうか。
さらに、世界で最初の量産専用モデルとしての電気自動車「日産リーフ」ですが、これはイノベーションだったでしょうか。違うでしょうか。
次に、何かと話題のテスラモデル3はどうでしょうか。
少し前ですが、大変売れた商品であるiPhone6sは、イノベーションだったでしょうか。違うでしょうか。
最新のiPhone Xはどうでしょうか(こちらは違うという人が多くなりますね)。
少し目先を変えて、「刺激惹起性多能性獲得細胞」ですが、これはイノベーションでしょうか、違うでしょうか。これを知らない人はいないと思います。「STAP細胞」というと話は早いのですが、覚えていらっしゃいますでしょうか。小保方晴子氏が、「私ならできる」と言ったものです。STAP細胞は正確にいうと、刺激惹起性多能性獲得細胞と呼びます。これをイノベーションであると言う方もいて、面白いですよね。
それでは、iPS細胞はどうでしょうか(これが一番多いのではないでしょうか)。
●進歩とイノベーションを区別せよ
今、皆さんが判定した際、そこには何らかの基準があったと思います。それが、皆さんのイノベーションの定義です。いろいろな定義があり得ると思いますが、今日ここで申し上げるイノベーションの定義からすると、スライドで紹介した技術や商品はいずれもイノベーションではありません。
何をもって、そういえるのでしょうか。結論から申し上げると、これらはいずれも「進歩」です。イノベーションとは、進歩ではないもののことをいいます。イギリスやアメリカにおいて、進歩(progress)という言葉は、今から約200年前という昔からずっと存在する概念でした。それに対して、イノベーション(innovation)という言葉は比較的新しく、200年前には言葉自体が存在しませんでした。100年ほど前に、進歩という言葉では理解できない現象をつか...