●事業に「完全な失敗」はない。だから難しい
執行 簡単に言えば、日本の政治家も、何でも経済問題にして、ごまかしています。たとえば原発問題一つとってもそうで、原子力発電の問題は「命」の問題です。経済問題ではありません。それを経済問題にするから、わからなくなるのです。原子力や公害の問題は、人間の生存の問題です。それを「経済的に考えれば、原子力のほうが公害が出ないし、生産性もいい」といった違う話になってしまう。要は、全部ごまかしです。
―― そう考えると、わかりやすいですよね。要するに「先行投資した50兆円をどうするか」という話に置き換えているだけです。
執行 それはもう、捨てるしかないのです。会社と一緒です。失敗にこだわる人が、会社を潰すのです。人間というのは失敗の連続です。失敗したら、金は捨てるしかないのが当たり前です。僕は、ずいぶん捨てました。どぶに捨てるのです。それも勇気です。
うちの会社も一度だけ、やったことが、うまくいかず深みにはまったことがあります。僕はそのときも、小林秀雄の言葉(「知性は勇気のしもべである」)を思い出しました。やはり労力とお金をかけたものは、捨てるのがつらいです。でも僕はきれいさっぱり、ほんのちょっとのケチなこともいわないで全部捨てました。
―― 損切りは大事ですよね。運気換えになりますよね。
執行 僕も経験しましたが、人のことをあれこれ言うのは楽ですが、自分が損害を被ると、そうもいきません。むしろ「損」とわかっていれば、切れるのです。まだ「損する」と決まっていないから問題で、「もしかしたら、立ち直るかもしれない」「もしかしたら、もう一回、うまくいくようになるかもしれない」、そういう欲があります。それを全部ただで捨てるのは、なかなかできないのです。
でも捨てたあとに、はっきりわかるのは、あのとき捨てなければうちの会社は立ち往生してしまって、今のところより先には行けなかった。失敗しているものを持っているのは、お荷物ですから。持っていればたぶん、なにがしかのお金にはなったかもしれません。でも捨てたら、もっと大きな事業の幸運が入ってくる。
―― しようもないものを持っていると、その分、精神的な時間も取られますからね。それがパッと消えたら、その分の空間ができます。そのようにしてやったほうが早いですよね。
執行 そうです。でもいうのは簡単ですが、やはりみんな自分のときは大変です。
―― やはり三〇代、四〇代、五〇代とやっていれば、必ず失敗は出てきます。
執行 事業をやっていたらね。わかると思いますが、「完全な失敗」はないのです。やはり世の中には何でも、ちょっとはいい目があります、少しは安くなったけれど売れるとか。だから完全に捨てるというのは、なかなかできない。
―― そうでしょうね。それがアダになりますよね。ずるずる行きますから。
執行 だから、ずるずるしている人の気持ちもわかるのです。でも、やはり勇気です。
―― 見切ると、次の舞台が開きますからね。必ずいいことが出てきます。
執行 僕もある事業で失敗したものを捨てたら、次のもっと素晴らしいものが、新たに出てきました。それがまた素晴らしいもので、事業としてはすごくよくなりました。
―― 運気が悪いものを抱えていると、どんどんおかしくなりますから。やはりパサっと切ると、そこにまた違うものが入ってきます。その勘どころは、年代と失敗の回数とともに、だんだんわかってきますよね。私が一番悩んだのは、30代ぐらいのときでした。
執行 最初は多いですからね。
―― 50歳くらいになってくると、だいたいは慣れっこになります。運気の悪いものをつかんだり、運気の悪い人と一緒にやったりしたときは、やはりまとめて根こそぎ整理したほうが早い。
執行 そう。それで新しいものが入ってくるのです。これは順番があって、必ず悪いものを切ってからでないと、いいものは来ないのです。これはみんな人生観として覚えておいたほうがいいです。
●人生はバラ色ではない
執行 いまの日本人に一番いいたいのは、不幸の問題です。先ほど、昔の人はだいたい、自分の収入の頭を打っていたといいましたが、「人生が幸福になれる」などと思っている人は、僕の小学生までの記憶では、あまり会ったことがありません。人生はつらくて、つまらなくて、不幸なものだと、だいたいの人が思っていました。「でも生きていれば、いいことがあるかもしれない」というだけなのです。
僕が育つ段階で、おやじとおふくろから受けたしつけも、「世の中はとにかく、一つも思いどおりにならない」ということです。人はみんな自分とは違っていて、だから自分とは意見も違う。「でも、そういう意見も、違う人から悪く思われないようにしろ」ということです...