●「土器棺墓」という非常に特殊な埋葬方法
縄文時代の遺跡を調査していると、何もない場所に不意に土器が埋められているのが発見されることがあります。その土器の形はほぼ完全ですので、偶然ではなく、意図的に埋めてあることが分かります。
その中を掘っていくと、中に人骨が入っている場合があります。ただの人骨ではなく、生まれてから1年未満の新生児といわれる赤ちゃんの骨が多いのです。生まれたばかりの赤ちゃんを土器の中に入れるというのは、非常に特殊な埋葬方法で、われわれはこれを「土器棺墓」と呼んでいます。
なぜ土器の中に赤ちゃんを入れたのでしょうか。あるいは、縄文時代後期の関東地方や東北地方では、成人の骨を入れている場合もあります。それでは、なぜ成人の骨を土器の中に入れたのでしょうか。
実は縄文時代の土器の中には、人面取っ手、あるいは顔面取っ手という形で、土器の縁の部分に顔が付いているものがあります。その顔の下、土器の胴部の部分に、あたかも土器の中から顔を出したような、もう1つ別の顔が付けられているものもあります。手や足のようなつくりもあることを見ると、おそらく出産の場面を土器に写したと考えられ、「出産文土器」と呼ばれています。
例えば、山梨県の津金御所前(つがねごしょまえ)遺跡から出土した出産(文)土器は、腹から子どもが顔をのぞかせている形です。
出産文とは異なりますが、長野県の唐渡宮(とうどのみや)遺跡では、おそらくは黒色の顔料を使っているのですが、女性が手を左右に伸ばして足をガッと広げた形で立っている絵が描かれています。そして、その股間の部分に楕円形の線があり、そこから下に何かが落ちてくる場面が描かれています。
これについては、立ったまま出産をしている立産の場面であるとか、あるいは子どもを生み終わり、後から胎盤が出てくる後産の風景を写しているなど、さまざまな解釈があります。
縄文人が土器に出産の光景を粘土や絵で表現していることは、非常に重要です。つまり、土器そのものに対して妊娠、出産に関わる何らかの呪術性を彼ら彼女らは感じていたということになります。
●土器を母体に見立てるという発想の元にあった再生循環の思想
実は、このように壺形土器の中に生まれてすぐに死んだ子ども(赤ちゃん)を入れて埋葬するという風習は、東アジアに広く見られます。この風習では、土器を女性の母体に見立てているのです。例えば、生まれて1年程度で死亡した赤ちゃんを女性の母体に見立てた土器の中に入れることで、女性の身体の中に再度遺体を戻していることになります。つまり、母体から再度生まれてくるように、と再生を祈願してのような墓を作っていたことが、分かっているのです。
そうしますと、縄文時代の死生観の一つに、亡くなった人を土器の中に入れて、呪術、お祭り、祭祀、儀式を行うことで、再度その生命が生まれ変わって戻ってくる、そして死とともに生命が自然の中を循環するという、再生循環の思想が縄文時代にも存在したことが、上記の事例から分かります。
ということで、死んだ子どもが土器埋設遺構の中に入れられることで、再び生まれてくるようにという祈りが捧げられたであろうことは、分かっています。しかし、土器埋設遺構の中には、実は人間以外のものも入っていることが多いのです。例えば、犬やサルの遺体、それからイノシシやシカの遺体が見つかることもあります。場合によっては、ヒスイや黒曜石が入れられていることもあります。
この理由は、母体の中に戻して再生してほしいという発想そのものが、人以外にも流用されていたからだと考えられています。つまり、大地を中心とする大きな女性、グレートマザーです。それを模した土器に入れることで、さまざまな自然の恵みが再び戻ってくること、すなわち大地の豊饒を願うといった風習にも転化していきます。
このような母体に戻すという発想ですが、これを逆に考えると、もともと縄文時代の人たちの間には、さまざまな生命や恵みが自然の中を循環していて、その循環の中で人も循環しているという、人の死生観だけに限らない、動植物や自然全体を包括する大きな再生循環の思想があったということではないでしょうか。
●土器を埋設して再生を願う「土器埋設祭祀」の存在
このように、縄文時代には土器を用いて、再生、復活、豊饒を願っていました。土器を埋設して、その中に再生を願うものを収納するとい...