●日本と世界のコーチはこんなに違う!?
為末 日本企業の環境が徐々に厳しくなって、余裕がなくなってきた。社員教育に使える予算が変わってきて、急に自分で自分を育てる責任を取らないといけなくなった。といったように、いろいろなタイミングがピタッと合って、どうやって自分を育て、自分を変えていくのかということを自分で考えるプレッシャーがあるような気がします。そういったことは、企業側に余裕がなくなっていることと関係しているのでしょうか。
柳川 関係はありますね。いつと比べるかにもよるのですけど、高度成長期だったり、バブル期には、社員教育に相当なお金と時間をかけていたと言われています。昔、私が調べたときに、有名な経済学者の先生が、「社員教育にかけるお金は、不況の時にはバブル期の10分の1くらいに減った」と言っていました。もちろん、10倍あったとはいえ、バブルの時には社員教育とか言いながら、その後に宴会があったりして、本当に有効活用できていたのかという疑問はあります。ただ、それでも金額が10分の1になると、やれることは限られてきます。ですから、そこの部分は大きいと思いますね。
―― 先ほど柳川先生から、現場で戦っていた人がコーチになるにあたって、心理学など、いろいろと学ばなくてはいけないという話がありました。スポーツの世界でも、いろいろなパターンがありますが、そういうものを学ぶ方も多いようにも思います。そのあたりの実態はどうでしょうか。
為末 そこまでしっかりとしたコースがあるわけではないので、(ビジネスの世界と)あまり違わないと思います。サッカーのように、国際的な基準、ライセンスが決まっていて、それに則って学んでいく仕組みのあるスポーツもありますが、多くのスポーツでは、そういったものはほとんどないのが実際です。陸上競技も、いきなりコーチになれてしまうので、実践でやってみて、ふるいにかけて、いいコーチが残っていくという形でしかありません。
ですから、かわいそうなのは選手ですね。本当はあまりコーチに向いていなかったり、しっかりとトレーニングされていないコーチが選手を育てることになってしまうこともある。多くのスポーツにおいて、競技人生は短く、数年で終わってしまうため、そこがうまくマッチングできなかったときに起こる問題はあります。
もう1つ別の問題があります。私はアメリカのチームにいたことがあるのですが、だいたい1年半から2年で、選手はコーチを替えていきます。
―― どうやって替えるのですか。
為末 コーチがプロフェッショナルというのもあって、こちらのコーチから、あちらのコーチに替えるというのは、すぐに実行されます。9月、10月頃にシーズンが終わると、そこから冬のトレーニングに入る前に、コーチを替える。こちらのコーチになりましたとなると、選手自身がトレーニング場所を移動して、教えてもらうというのは結構頻繁に起きています。
―― 例えば「今期はこういうことを強化したいから、このコーチがいいだろう」と、選手自身が選んでいくのですか。
為末 はい。アメリカからイギリスにとか、国をまたいで、いろいろなところに行きます。しっかりとしたコーチが何年か教えないと浸透しないというネガティブな点もありますが、私たちの時代には、175センチ以下の選手を育てるのがすごく得意なコーチがいたりと、コーチにも得意技があって、選べるのはいい点ですね。
―― そうなのですね。
為末 コーチも得意なことを自覚しているため、HSI(ハドソン・スミス・インターナショナル)というチームは、スプリンターとしてはかなり低身長ではありますが、世界中の175センチ以下の選手だけをガーッと集めてきて、そこに効くメソッドをやっていました。
そうすると、高身長の選手は「これは合わないな」と、今度は別のチームに移るというように、流動性が高まって、選手が自分に合ったコーチと出会う確率も高くなる。日本の場合は、学校とか企業にコーチがひもづくので、選手がそのコーチから離れるときには、所属ごと全部移らなくてはいけない。そのため、実際には流動性はほとんどない状態です。
結果として、ミスマッチが解消されない。コーチ側も自分のやり方がどういうスタイルなのかが、選手がひっきりなしに入れ替わるような状態でないと、相対的に捉えることができない。つまり、「ああいうやり方もあるけど、僕はこっちのスタイルなのだ」ということをコーチも自覚しにくい状態になってしまっているのです。日本の場合、流動性が低いため、ある意味で、コーチは、自分のやり方が絶対だと盲信するというか、思い込みがちなのです。そして、選手の側も、自分に合った指導者を探す機会が失われているというのが、今、現場で起きていることですね。