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戦略で間違える最大のポイントは希望的観測

『孫子』を読む:形篇(1)完璧に備える

田口佳史
東洋思想研究家
情報・テキスト
『孫子』の兵法の中でも要となる「守備と攻撃」を説いた「形篇」を解説していくシリーズ講義。戦略で間違える最大のポイントは、「敵はここで失敗するだろう」という希望的観測である。孫子はそんな甘いことは考えない。できることは全て完璧に行う。これが戦略の基本なのだ。(全4話中第1話)
時間:12:31
収録日:2020/02/25
追加日:2020/12/02
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≪全文≫

●悲観的に準備して、楽観的に行動する


 これまで、1篇(計篇)、2篇(作戦篇」、3篇(謀攻篇)という三つの篇と読んできたわけですが、この三つを顧みていただくと、これは戦争の兆しもまったくないときに、実は徹底的に力を入れて検討しておかなければいけないことなのです。

 戦争の音が聞こえてきたから、それでは一番目の篇からやろうかというものではありません。国家というものの位置づけとして、国民の生命と財産を守るという絶大なる責任を負っているということからいえば、国家として、もう1篇(計篇)、2篇(作戦篇)、3篇(謀攻篇)については、完璧にしっかり整っているということです。私流の言葉でいえば、「悲観的に準備して、楽観的に行動する」ということです。やはり悲観的に準備しておかなければいけないのが、「計篇」「作戦篇」「謀攻篇」の三つです。

 それから、これからの4つの篇については、その後、どういう思想・哲学をもって戦争というものに対して準備をするかについてです。いってみれば、少しでも戦争の可能性が近づいてきたというときに、再度、戦争に関与する人はもちろんのこと、一般の国民なども、いったい戦争とはどうあるべきかということをしっかり考えなければいけないのが、この4篇(形篇)、5篇(勢篇)、6篇(虚実篇)、7篇(軍争篇)というところであり、早速それに入っていきます。

 あらかじめ申し上げると、その後は実際の戦闘に対する注意が続きます。それで、全13篇のうちの最後の12篇、13篇ですが、12篇は「火攻篇」、それから13篇は「用間篇」です。「火攻篇」というのは、いってみれば火攻め・水攻めをしていくわけですが、戦闘ではないのです。一味違う戦闘について説いています。それから最後の「用間篇」は、間者を用いる法ですから、情報収集です。国家としての情報収集をどのようにするかということを説いています。

 この「用間篇」で情報をしっかり取れということで、情報がまた1篇の「計篇」に戻ってくるのです。要するに五計がありましたが、そういう国家の基本中の基本を充実させるためです。また、主に間者を動かして取った情報が全てそこに加わるということで、13篇がぐるぐる回って、国家などというものは何十回も、何百回も、この13篇が回ることによって、より充実した戦略がしっかり用意されるというのが基本となります。ここのところが、現在の日本には足りないところじゃないかと思っているわけです。ぜひこれまでのシリーズ講義でお話しした1篇、2篇、3篇の3つの篇をしっかり吟味していただきたいのです。

 一般の企業などでも、その企業がどういう業種で、歴史は古いか新しいかとか、そのような条件にはまったく左右されることなく、企業という人間組織としては、この3つが揃っていなければだめだということで、人間組織の必須の準備であるというように思っていただきたいのです。それから、活動を開始するときの企業、あるいは国家の活動のベースにあるべき思想・哲学はどういうものかということを、この4篇にわたって説いているわけです。

 以上、合わせると7篇になり、ちょうど13篇から成り立っていますから、半分がそういう組織としての準備事項と、それから戦いというものに対する気構えの問題ということです。具体的な戦闘については、あとのところで触れています。

 孫子の考え方は、「戦わずして勝つ」ということを前に強く申し上げましたが、要するに戦って勝つということになってはいけないということです。戦わずして勝つという点では、これからお話しする「形篇」と、その次の「勢篇」で形勢逆転の形勢になるわけですが、そのようなところも重視していただく必要があります。

 それでは早速、「形篇」に入っていきたいと思います。


●戦略つくりを希望的観測で行うことが間違える最大のポイント


「孫子曰く、昔の善<よ>く戦ふ者は、先づ勝つ可<べ>からざるを爲して、以て敵の勝つ可きを待つ」ということです。この「勝つ可からざるを爲して」ですが、これは敵が自軍に対して絶対に勝てないということを行っておいて、それで「以て敵の勝つ可き」、つまりわれわれが敵に勝つチャンスを狙うということをいっているわけです。この「勝つ可からざる」というのは何かというと、その次に「勝つ可からざるは己に在り」とあり、それから「勝つ可きは敵に在り」ということです。

 ここが非常に大きな要点です。まず戦争というものを考えるときに、みんな敵を負かして勝つんだ、敵を負かして勝つんだと、このように思って全部戦略などを立てるわけです。そうなると、いかに攻撃をして、敵を敗北させるかということをみんな考えます。その敵に勝つというものは、それは敵にあるというように考えることはすごく重要なこと...
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