●「統帥綱領」の教え――戦争時、政治は作戦の成功をサポート役
田口 そのように「統帥綱領」を読んでいくと、二番に「政略指導の主とするところは、戦争全般の遂行を容易ならしむるにあり」とあります。要するに、政治の戦略として何をしなければいけないかというと、「戦争全般の遂行を容易ならしむ」ことなのです。
簡単にいうと、今、ロシアの外交は、今回のロシアの侵攻に対して「このような理由があって行った」「こういうことを理解していただきたい」と、世界中に外交官が行って徹底的に説明していますか、理解を求めていますか、ということです。
―― なるほど。
田口 つまり、政治が外堀を埋めてくれなければいけないということを、まず言っているのです。したがって、戦争というものは政治が重要で、軍隊が縦横無尽に動けるようにどの程度の味方を増やしてくれているかに尽きる、ということをここで述べているのです。
「故に、作戦はこれと緊密なる協調を保ち、」。政治と戦略について、よく「政治が作戦など知らなくていい。作戦は軍人のものだ」といわれるのですが、そうではありません。口出しはしないほうがいいけれど、きちんと知っていることは重要で、そのような互いの連絡会議、あるいは共通の情報をもとにして動いていることが重要だと述べています。
「殊に赫々たる戦勝により、政略の指導に威力ある支トウ(手偏に掌)を得しむること肝要なり」。少しうまく事が運ぶと、互いに、政治は「あれは俺がやったからだ」と言い、軍隊は「いや、軍事力があったからだ」となってくる。そういったものをピタッと抑えるのがトップリーダーの役割で、「どちらのおかげでもない。両方のおかげだよ」ということを常に言わなければいけない。それに基づく論功行賞のあり方や発言も、両方を立てることを考えなければいけない、といっているのです。
「然れども、作戦は元来戦争遂行のため最も重要な手段たるをもって、政略上の利便に随従することなきはもちろん、」。その作戦をまったく変えざるを得ないような、「政治として現在このような外交交渉をしているから、この作戦はやめてくれ」などと言うことはいけない。戦争が始まったならば必ず作戦が先行し、政治はあとから作戦の成功をサポートする役目であり、この位置づけは明確だ、といっているわけです。こういったこともとても大切です。
「その実施に当りては、全然独立し、拘束されることなきを要す。政略と作戦の関係は最高統帥の律するところにして、」。この最高統帥とは、総理大臣のことです。
「その直属の高級指揮官は、よくその方針を体して事に従うべく、爾他の(それぞれほかの)指揮官にありては、専念、作戦の遂行に努力すべきものとす。」といっています
―― はい。
●『孫子』の教え――戦争時、重要なのは国民の「一致団結」
田口 『孫子』(謀攻篇)ではこれをどのようにいっているかというと、「將は國の輔なり」といいます。
まず戦争が始まったら、現場の長である将軍が全て責任を負っている、将軍に一本化しなくてはいけない、といいます。「將は國の輔なり」とは、戦争のときは将軍が国を支えているということです。平和のときは違います。いったん戦争になったら、自分が国を支えているという意識がない将軍ではどうしようもないということをいっているのです。
「輔周」とは、そのように支えている(輔)という自覚を持った将軍たち全員が一致団結し、手を握り合って、国家のためにあまねく(周)支える。そのようになれば、「國必ず強く」なる。「輔隙あれば(スキがあると)、國必ず弱し」となるのです。
そういう意味では、戦争が始まっていながら、ロシアは将軍を替えましたよね。
―― はい、替えましたね。
田口 『孫子』の論法からいえば、かなり自軍が思い通り進んでいないということを天下に明らかにしたのです。
―― 確かにそうですね。
田口 またそのような情報をオープンにするというのは、もう戦争を舐めているとしかいいようがない。もっと早く『孫子』の兵法をプーチンに教えておく、講義しておくところですよ。そして今度は、わが国は大丈夫か、と。
「故に君の軍に患へらるる所以の者三あり(憂えなければいけないことが3つある)」。「軍の以て進む可からざるを知らずして、之に進めと謂い(軍が現場では進んではいけないと思っているにもかかわらず、本部が進めと言い)、軍の以て退くべからざる知らずして、之に退けと謂ふ(退いてはいけないというときに、退けと言う)。是を縻軍と謂ふ(すると乱れた軍隊になる)」。