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「昭和の悲劇」の教訓とは…従来の昭和史理解の大きな誤り

戦前、陸軍は歴史をどう動かしたか(6)二つの教訓

中西輝政
京都大学名誉教授/歴史学者/国際政治学者
情報・テキスト
皇道派は中国との戦争の回避を主張したが、統制派こそが侵略を推進し、日本を破滅に導いた。だが総力戦体制は日本のみの考え方ではなかった。グローバリズムの中でも自国の国防については考えをひそかに持っていた。これが日本に足りなかった点であり、今日なお教訓にすべき点である。(全7話中第6話)
時間:12:42
収録日:2018/12/25
追加日:2022/09/16
≪全文≫

●皇道派は中国との戦争を回避したかった


 皇道派の将校たちは、眞崎甚三郎もそう、小畑敏四郎もそう、樋口季一郎や辰巳栄一といった開明派はもちろんのこと、中国と事を構えたら泥沼の戦争になってしまい、いずれ米英と敵対することになり、最後の最後に必ず共産主義のソ連が乗り出してきて、日本は虚を突かれる。対米戦でボロボロになった国力をいいことにソ連が侵攻して、日本は赤化されると考えました。

 それを最も恐れたのが皇道派です。統制派は逆にソ連とはいい関係を築けると考えました。むしろ、中国を日本の実質支配下に置くことこそが日本の唯一の選択肢であり、そうしたら米英相手の戦争も十分に可能になるということです。いわゆる東亜共同体とか後の大東亜共栄圏という発想で、総力戦体制論と全く軌を一にしているわけです。

 ですから、一番危険な思想は統制派の思想だったということです。昭和日本を破滅に追い込んだのは統制派的な発想で、米中をともに敵に回しても日本は十分に対抗できると踏んで、そして共産主義、ソビエト、あるいは伝統的なロシアが日本の安全保障にいかに大きな潜在的脅威かということを知ってか知らずか、国策の重要要素として見なさないような方向を取ろうとしたのが統制派なのです。

 ですから、従来の統制派・皇道派理解、昭和史の理解がいかにねじ曲がっていたかということです。これが一つまず、今この問題を論じるときに大事な視点です。


●グローバリズムの中でも自国のことを考えていた列強


 二つ目の大事な視点としての意味は、当時の総力戦体制や新しい高度国防国家という考えは、何も日本に限ったことではない問題意識だということです。どこの国もそうではないかと思っていたのです。

 1920年代の世界は、ある種、グローバリゼーションが進んで、経済も金解禁などが行われて、非常に国境のない経済が進んでいくかのように見えていました。ですから、これからはそういう時代で軍縮と国際連盟を中心に日本の前途が構想されなければならず、軍隊は極力減らすべきだという軍縮の議論に簡単に日本のインテリたち、政治家たちは乗っかるわけです。流行の理論ですが、これが1920年代のグローバリズムです。

 欧米諸国がその流れに沿って政治経済の動きを進めていったことは間違いありません。しかし、彼らの中にあったのは、このままで歴史は一直線に展開するわけではなく、どこかある飽和点に来たときには必ず当時の20年代のリベラルなグローバリズム、国際連盟を中心とした国際協調の外交も終わる日が来るということです。あるいは何か大きな変動が起こって、次に予見できない事態が来る可能性があり、そのときの国の存立は、近代的な高度に組織化された安全保障体制、国防国家の大切さだということを、欧米諸国は頭の中に皆、持っていたのです。

 ところが、そんなことは口に出して言いません。国際連盟万歳で、国際世論は流通していたわけです。経済は一定の自由貿易体制が出来上がっており、金解禁はスターリング・ポンド体制を中心にして、ドル・ポンド二極体制です。これが世界貿易をますます盛んにすると考えていたわけです。

 しかし、予見できないことが何か起こったときに、わが国はどうしたらいいかという発想は、彼らの中にはいつの時代もありました。晴れた時代であれば、必ず土砂降りの日のことを考えようという、先進国の国家指導者、あるいは知識人や国民たちが長年世界史の中にもまれてきた経験から来る、ほとんど国民性になったような発想が彼らにはあったわけです。

 ところが、日本にはそれを望んでも、国際体験あるいは歴史経験からいって、明治開国以来まだ80年もたっていないわけですから、無理があったかもしれません。


●国際協調への過度の楽観と悲観が「昭和の悲劇」を生んだ


 いずれにしても、当時の日本の中でそういう歴史観、歴史の針路をビジョンとして未来を見つめていた大きな目を持ったのは軍人だったということです。統制派・皇道派、関係ありません。その辺りはやはり軍人は職業でもありますし、当時の軍人は皆、国際経験が非常に豊富で、特に皇道派に集まった佐官以上の情報将校たちですが、彼らは本当に国際通の人たちばかりです。

 そういう人たちが思い描いた日本の未来ということでいえば、彼らの中には欧米人の発想が肌身で分かるほどの事情通がたくさんいたわけですから、欧米は口ではああいうことをいっているけれども、いったん時代が変わると、世界秩序はこのままもつはずがないと考えました。

 イギリスが衰退して、もはや世界秩序の主催者になれないのに、形だけ振りをしているということです。ポンドは、イギリスの経済力からいうと、通用力はほとんどないわけです。

 一方、アメリカは孤立主義に凝り固まっていて、二度...
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