●イーロン・マスクが描いた、理想を実現するための「マスタープラン」
―― 先ほどイーロン・マスクの生涯について先生にお話をいただきました。マスクが躍進できた理由として、先生は「マスタープラン」というものを掲げていますが、これはどういうことでしょうか。
桑原 マスクが言っていることは、世界を救うとか、人類を救うとか、非常に突拍子もない夢物語のような感じがするわけです。また、車の世界においても、これだけガソリン車が多い時代に、全てを電気自動車に替えていきたいと。まず普通に考えれば非常識な、誰が考えてもそれはできっこないよというビジョンを平気で掲げるわけです。しかし、マスクの場合は、理想論とか夢物語を語るのではなく、どうしたらそれが実現できるのかという構想、「マスタープラン」をきっちりと描くことができるのです。
その実行に関していえば、当然ある程度のズレなどはあるわけですが、長い目で見ていくと、言ったことを全て実現していくのです。
―― なるほど。
桑原 そこにマスクの凄さがあると思います。
だから、世の中にプランをつくるとか、構想をぶち上げることができる人はたくさんいますが、それを実現できる人はどれだけいるのかと。あるいは、そこに至るまでの、本当に緻密な計画を立てられる人がいるのかということでいえば、マスクは物理学の出身者ですから、非常に緻密な計画を立てることができます。それと同時に経済学の学位も持っています。そして、人を使い、お金を動かして実行していくことができるという、構想力と実行力。この2つを兼ね備えた、非常に稀有な人なのではないかと思います。
―― ロケットを打ち上げるにしても夢のような話ですが、きちんとプランが立っているということになるわけですね。
桑原 そうですね。例えば、本人の中では完全にテスラモーターズに関するマスタープランをちゃんと持っていたので、ここまで来られたと思います。
―― なるほど。それが2006年に発表した「マスタープラン」で、「マスタープラン2」が2016年ですね。
桑原 はい。10年後ですね。ですから、2006年に発表されたのが「マスタープラン1」となります。もともとは「秘密の」といわれていましたが、今は公になっています。
●ハイエンド市場から参入し、コストダウンを狙う
―― なるほど。では具体的に見てまいりたいと思います。まず、2006年に発表した「マスタープラン1」のほうです。電気自動車は、初期の段階では1台当たりのコストが高くなってしまうので、まずはハイエンド市場から参入するわけですね。
桑原 そうですね。電気自動車は、当時の自動車業界のイメージでは、日本でもそうですが、非常にカッコ悪いと。なおかつ走れる距離(航続距離)が非常に短いということで、100キロ、200キロ走ったら充電しなきゃいけないのです。しかも不格好ということで、アメリカだと「ゴルフカートに毛の生えたようなもの」という言い方をされていました。市場にはそのぐらいのものしかなく、見向きもされず無視されていた世界でした。
そこでマスクが考えたのは、電気自動車を広めるためには最初に一番カッコいいものをつくらなきゃいけないということでした。みんながすごいなと思うものをつくると。そうすれば広まっていくというのが、マスクの考え方です。
すごくカッコいいものは、当然高くなります。「ロードスター」は1000万円を超えますが、それを平気で買える人はいるというのです。フェラーリなどもそうですが、お金を持っていて、環境への意識が高い人たちが好きな車さえつくれば、飛ぶように売れる。そうすると、お金が集まってくる。そのお金を使って、次をつくっていこうということです。ハイエンドからの、非常に上手な参入の仕方で、これはスティーブ・ジョブズなどもやっていました。ハイエンドから入って、最高のスポーツカーをつくる。これがテスラにとっての最初の成功につながったと思います。
―― 電気自動車は、エンジンの自動車に比べて、最高速度に達するまでの時間がすごく短いですよね。
桑原 はい。
―― これは、スポーツカーには最適ですよね。あっという間に、ビューンと速くなると。
桑原 そうですね。ただ当時、電気自動車で1000万円を超えるような車をつくるという発想は誰も持っていませんでした。
―― そういう状況だったのですね。
桑原 日本の電気自動車もそうですが、どちらかというと小さくて、環境に良いところが売りだったのですが、そんな車に彼は目もくれずに、一番カッコいい車をつくったというところがマ...