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「サラダ記念日」誕生秘話でわかる “じわじわ”のホント

認知バイアス~その仕組みと可能性(3)創造のバイアス〈中編〉

鈴木宏昭
元青山学院大学 教育人間科学部教育学科 教授
情報・テキスト
ひらめきを邪魔しているものに「制約(constraint)」がある。これは、日常の標準的な事態に迅速に対処するため、私たちに備わっている認知メカニズムだが、創造やひらめきのためにはそれを緩める必要がある。そして、そのプロセスを経て訪れるひらめきは、突然思いついたような実感を伴うことが多い。しかし、実際には“じわじわ”ひらめいているのだ。「サラダ記念日」誕生秘話とともに、その秘密に迫る。(全7話中第3話)
時間:10:25
収録日:2022/05/26
追加日:2022/10/25
カテゴリー:
キーワード:
≪全文≫

●円滑に行動するための「制約」がひらめきを邪魔している


 ひらめきというのはなかなか訪れないわけです。最初にも申し上げましたけれど、すぐに思いつくものはひらめきとは言わない。3+2の答えが5だということに対して、「5とひらめいた」とは誰も言わないわけです。その“ひらめかない”理由は何かということについては、いろいろな考え方があるのですが、その中で大変有望な考え方の1つに「制約」があります。これは、最初にバイアスの類語のところでお話ししました。

 私たちは標準的な事態に迅速に対処するため、すぐにうまく働くような認知メカニズムを持っています。これを「制約(constraint)」と呼んでいます。これによって不要な情報を排除して、それから情報を絞り込んだり、あるいは、全ての可能性を列挙して、考えなくてもいいことをいちいち1つずつ検討するということなく、「ここらへんでしょ」というような絞り込みができるようになったりすることで、迅速な処理が可能になります。

 これを図に表してみました。私たちの周りの世界にはいろいろなものが存在しています。でも、この全てが重要であるはずはないし、全部が重要だったら頭がパンクしてしまいます。ですので、私たちは特定のものにスポットライトを当て、「ここらへんでしょ、ポイントは」というような分かり方をするわけです。これはまさに制約の1つの働き方です。

 もう1つ。あることを問われて、「これかな」「あれかな」といろんな可能性が頭の中に思い浮かぶかもしれないけれども、それを1つずつ、どれが正しいだろうと検討していけないので、「多分これでしょ」というような決め打ちをする。これによって、他の可能性を考えるために払うコストをゼロにすることができるわけです。ですので、制約というのは普通の世界の中ではうまく働いています。

 しかし、ひらめきが必要になるような問題においては、実はこの制約がひらめきを妨げてしまうのです。スライドの図で説明します。上の図で見ると、私たちは右側にあるような情報が大事なのだろうという決め打ちをやっています。しかし、洞察問題を解決するひらめきに至るためには、実はこちら(左)の情報が大事だったということがあるのです。

 下の図でも、左から2つ目を「これでしょ」と思ったかもしれませんが、実際には右から2つ目が正解に至るために大事な情報だということがあるわけです。

 ですので、私たちは日常のモードでものを考えてしまうと、なかなかひらめかない。よく、「発想の転換が必要だ」といわれますが、実は私たちの創造のためには、この制約を緩める「制約緩和」が必要ではないかと考えています。そういう考えをサポートするいろいろな実験的な証拠があるのです。


●私たちは“じわじわ”とひらめいている


 それを少しずつご説明していきます。発想の転換というと、一挙に何かができるようになるというような、ガラッと変わるというイメージをお持ちかもしれないのですが、実は私たちはじわじわとひらめいていくのです。徐々にひらめくのです。

 この図は、「Tパズル」と前回ご説明したTパズルの問題解決に関する図です。右のグラフの横軸は、例えば時間が10分あり、2分半ずつに区切ってみたときに、正解につながるような良い置き方をどのくらいしたのかということをプロットしたものです。縦軸はパーセントです。試行を行ったもののうちの何パーセントが筋のいいものだったかということなのです。

 こういうことをやると、実は初めから結構いいやり方をしているのです。では、いいやり方をしたからといってその途端、解けているのかというと、ほとんどの人は解けないわけです。それが、時間がたつにつれて、単調に右上がりにはなっていきませんが、全体として見ると右上がりになって、徐々にいい置き方が増えていっています。そして、ある時点でパッとひらめくということが起きているのです。

 そして、この“じわじわ”の過程は基本的に意識できていません。例えば、最初の段階で全然できないという人は、4分の3になったときにいい置き方が増えています。「よし、いい置き方が増えてきた。間もなく解けそうだ」とは思わない。「ダメだ、もう終わりだ。できない。やめさせてくれ」という感じになっている。しかし、手の動きは確実にいいものに変わってきています。なので、意識の外で“じわじわ”と行われているものなのです。

 ですので、ひらめきの際の驚きというのは何に驚いているのかというと、自分の無意識の働きに驚いているということなのです。つまり、意識がほんのちょっとずつ良くなっていることは検知できないのです。ところ...
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