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哲人政治から寡頭制、民主制への堕落…金銭欲と分断の末路

プラトン『ポリテイア(国家)』を読む(13)ポリスと魂の堕落過程〈上〉不正の考察

納富信留
東京大学大学院人文社会系研究科教授
情報・テキスト
不正とは何か。この議論のキーワードは「欲望」と「分断」。この2つによって、理想的なポリスとしての形が「優秀者支配制」からだんだんと「名誉支配制」「寡頭制」「民主制」、最後の5番目に「僭主制」という順番に堕落したものになっていく。そして、欲望が肥大化する過程には、家族関係における心理的要素が大きく働くというが、それはどういうことなのか。『ポリテイア』第4巻まで議論してきた「正義とは何か」から一転、不正についてポリスと魂の堕落過程を参照しながら議論を進める第8巻のポイントを解説する。(全16話中第13話)
時間:11:17
収録日:2022/09/27
追加日:2023/03/10
タグ:
≪全文≫

●「不正」について議論する2つの理由とそのためのキーワード


 『ポリテイア』では、中心巻においてイデア論が語られました。さて、その脱線部が終わった後で、もう一度最初のテーマに戻ってきます。第4巻までずっと正義(正しさ)について議論してきましたので、第8巻から後は不正とはどういうものかについて議論をしていくことになります。

 正義ということが分かれば、わざわざ別に不正を考えなくてもよいのではと思われるかもしれませんが、この議論が必要な理由は大きく2つあります。

 一つは、「正義というのは何か」というのは、それ自体では十分に分からないところがありますが、不正を見ると正義が分かるというところはあります。しかも、正義は1種類ですが、不正は何種類もあるという話があります。これは「幸福(な家庭)は全てよく似ているが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である」というトルストイの話(『アンナ・カレーニナ』冒頭)に似ています。それと同じようなことです。

 もう一つは、そもそものこの議論の出発点が「正しい生き方、不正な生き方」というところにあったので、不正な生き方を解明しないと答えが出ないのです。トラシュマコスやグラウコンやアデイマントスは「不正をやり放題の人のほうが最終的に幸福ではないですか」と言っていました。それに対してソクラテスは、「不正を行う人はやはり不幸なのだ」という結論を出していきます。これが第8巻と第9巻になります。

 第8巻と第9巻は今までと違って、結構リアルな考察がさまざまに埋め込まれていて、社会学的、歴史学的に面白いところです。キーワードは大きく2つあると思います。

 一つは「欲望」。もっと限定的にいうと金銭欲です。プラトンの時代はもちろん貨幣経済がそれなりに発展していますので、肥大化する欲望の象徴は金銭です。これははっきり出てきます。

 もう一つは「分断」。これは「スタシス」という単語で「内乱」とも訳されます。共同体がどんどん分裂していく、あるいは分断されていくことが、不幸の原因になっていく。どちらも現代的なテーマだと思います。


●理想的なポリスから5段階の堕落が起こる


 さて、今まで議論してきた理想的なポリスというものが仮にあるとすれば、それは「優秀者支配制」と呼ばれるようなものになるでしょう。つまり、きちんと素質のある人が、受けた教育を開花させて政治家になる。そうした「哲人統治」のようなものを「優秀者支配制」と呼んでおくとする。それがずっと実現していればいいのですが、人間はそういうわけにいかない。仮にそれがうまくいったとしても、そこから堕落が起こってくる。

 この第8巻と第9巻を通じて、理想的なポリスから順番に堕落していくプロセスがドラマ仕立てで描かれます。ここは面白いところです。つまり、いきなりさまざまな不正が起こるのではなく、少しずつ不正が大きくなっていって、最後は不正の極みになっていく。つまり不正なポリスや不正な人間にもいろいろな種類、ないしは進行の度合がある。病気でいえばステージが上がっていくような感じになるわけです。

 2番目は「名誉支配制」と呼ばれるもの、3番目に「寡頭制」、4番目に「民主制」、私たちがお馴染みのデーモクラティアー(現代のデモクラシー)です。そして5番目に「僭主制」という順番で下りてきます。どのようにこちらへ堕落していくのかということを面白く描いているのが、この第8巻、第9巻で行われる議論になっていきます。

 これはあたかも歴史的に次々と下へ進んでいくような叙述になっていますが、これをプラトンの歴史観と言い切っていいかどうかは分からない。上へと戻ることもあるかもしれないとは思いますが、歴史仕立てで書いているのが一つ目の面白いところです。

 どう堕落するかというのは、もちろんいきなり単純にストンと堕落するわけではなく、いろいろな要素が複雑に絡みながら進行します。「優秀者支配制」の中で最初に兆しとして出てきた少し悪いところがだんだん大きくなっていって、それが新たな火種を生んでいく。そうやって最後のところまでいく。つまり、堕落の過程に起こる相互浸透です。

 中でも面白いのは、心理的な要素が効いてくるところです。集団が崩壊する中では、親子関係が非常に大きい。ケチな親を見て育った子ども、その親(父親)に向けて母親が愚痴や文句を言うのを聞いて育った子ども。もちろんこれは一つの戯画化です。そういう人間関係、親子関係の中で、どうして欲望にまみれた、最終的に不正な人間が生まれてしまうのか。そのような社会心理学的なメカニズムを、プラトンは一つの見通しとして書いています。

 その中で起こるのは、徐々に欲望が肥大化していく過程です。最初は非常に厳しく欲望をコントロールしていたのに、だんだん手綱が緩んでき...
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