神藏孝之

講演『米国史から日本が学ぶべきもの』
~アメリカの全体像をつかむ上で理解すべき「いくつもの顔」~

アメリカの全体像をつかむ上で理解すべき「いくつもの顔」

 最初になぜ私がアメリカに興味を持ったのか、ということからお話させていただきます。

 「唯一の同盟国」といっているわりに、私たちは本当にアメリカのことをちゃんと知っているのでしょうか。戦前よりも今の人たちのほうがアメリカの中のキーパーソンと人脈があるのでしょうか。そこが私の中の問題意識でした。

 アメリカは大国なので、いろいろな種類の顔を持っています。最初に戦前です。私は松下政経塾の(塾生の)時に原敬について研究していました。日本が明らかにおかしくなり始めるのは、原敬が1921年に暗殺されてからです。

 原敬はどういう人かというと、36歳で通商局長、39歳で次官になり、その後、退官して、大阪毎日新聞の社長に就任しました。実業家としては、古河鉱業の実質トップで、北浜銀行の頭取です。政党政治家としては実体上、伊藤博文、西園寺公望に続く三代目の立憲政友会の総裁です。1900年頃から実質的には切り盛りしていきます。そんな彼が1908年から1909年にかけて、官費ではなく私費でアメリカを中心に見に行きます。なぜ彼は、今の金額で2億円ものお金を自らかけて、アメリカをつぶさに見たのでしょうか。

 その結果、「20世紀はアメリカの時代になる」と彼は確信します。これが一人目です。

 二人目は、2021年のNHK大河ドラマ『青天を衝け』で主人公になっている渋沢栄一です。渋沢栄一は農民から武士になり、大蔵省の役人になって、そして日本最大の事業家になります。彼がもう一つやったことは日米の友好です。その彼が1924年、排日移民法制定に対して、「こんなことだったら、攘夷の志士をやっておいたほうがよかった」と絶望します。

 三人目は高橋是清です。高橋是清は日露戦争の時に日銀副総裁として、ユダヤ人のヤコブ・シフ(あるいはジェイコブ・シフ)率いるリーマン・ブラザーズの前進であるクーン・ローブ商会から金を集めてきました。

原敬が暗殺されたのは1921年です。渋沢は、1924年の排日移民法を観て絶望して、1931年に亡くなります。

 アメリカをよく知る金融のユダヤ人とものすごいネットワークがあった高橋是清は、二・二六事件(1936年)で暗殺されてしまいます。

 また、1921年11月4日に原敬が亡くなってから、半年以内に(原敬を含め)三人が亡くなります。一人は明治維新のもう一人の重要人物であり、早稲田大学をつくった大隈重信です。もう一人は、元老・山縣有朋です。この1921年あたりから1922年にかけてこれらの人が亡くなり、その後、同盟が破棄され、排日移民法ができ、大恐慌を経て、日本がおかしくなっていきます。

 その一番初めの起点に誰がいたのか。原敬が暗殺された時のアメリカ大統領は誰だったのか。調べていくと、ウォレン・ハーディングという人物が出てきました。これが、トランプ前大統領と非常に近い、氏育ちでした。

何が似ていたかというと、両方とも当時全くの異種だと見られています。ハーディングは、オハイオの300ドルで買った新聞社を大きくしました。トランプは、ニューヨークの不動産屋です。選挙前予想では泡沫候補でした。選挙手法は、ハーディングの場合は当時の新メディアであるラジオで、トランプの時代はSNSです。両方ともグローバルを全く否定して、徹底的なアメリカファーストの保護主義政策を取ります。内政については、とにかくひたすら減税します。世界中の金をむしろアメリカに戻してきます。

 もう一つは、ハーディングの場合ですが、当時の副大統領で次の大統領でもあるカルビン・クーリッジや、大恐慌が起こった時の大統領であるハーバート・フーヴァーなど、オハイオ・ギャングは12年間にわたって続いていきます。あとで詳しく話しますが、スキャンダルが出るまで身内主義になります。

 これはアメリカの分断の図です。非常に複雑な形になっているのは、民主党の中にも“ANTIFA”と“Black Lives Matter”を掲げる極左がいます。それから、バーニー・サンダースやエリザベス・ウォーレンといった明らかな社会主義者がいます。さらに、ジョー・バイデンみたいな比較的まともな穏健派がいます。三つの間はもう完全に分かれています。

 一方で、共和党です。共和党の勢力の中でも今はトランプ勢力がもの凄く強くなっていますが、極右としては「Qanon(キューアノン)」がいます。これは500万人ほどいて、陰謀論が大得意です。「Militia(ミリシャ)」は退役軍人の民兵たちで、軍のOBです。共和党も中が三つに分かれています。

 民主党も共和党もそれぞれの中が割れているので、「民主党が~」、「共和党が~」という言い方が今はできにくくなってきています。

 ロッキー山脈とアパラチア山脈の真ん中にあるミシシッピ川流域はハートランドといわれています。ある意味では、ここがアメリカの中心部です。そして、1800年代を通して、ニューオリンズが最大の貿易拠点です。私たちが知っているアメリカは、東でいくと、ボストン、ニューヨーク、ワシントンのラインです。西はシアトル、サンフランシスコ、ベイエリア、シリコンバレー、ロサンゼルスです。どちらもロッキー山脈の外側とアパラチア山脈の外側ですが、ここだけしか知らないと、アメリカの全体像が見えてきません。

 プリマスとジェームズタウンは、イギリスの中の負け組です。一つは冒険的な貴族で、こちらはジェームズタウンに来ました。もう一つは宗教原理主義者で、こちらはプリマスに来ました。

 覚えておいていかないといけないことは、アメリカの独立戦争です。1776年に独立して、わずか50年ほどの間に、北米の東のカルフォルニアからオレゴンまで全て取っていきました。ネイティブアメリカンも、フランスもいました。それから、テキサスやカルフォルニアはメキシコから奪ってくるということになります。どうしてこういうことができたのでしょうか。

 これはアメリカが持っているもう一つの「アニマルスピリット」というか、荒っぽさを象徴している図だと思います。

 アメリカは日本にとって唯一の同盟国だというのですが、(われわれは)本当にアメリカのことを知っているのでしょうか。アメリカは、数十年単位で全く別の国に変わっていきますし、その変化のスピードがもの凄く速いのです。繰り返し分断したり、統一したり、イノベーションを起こしたりします。

 アメリカは大国なので、顔は一つではありません。「アメリカが」という言い方はなく、「もう一つのアメリカ」というように、いくつかの顔を持っているものとして見ていかないと全体像が見えません。トランプが当選した時に「あり得ない」と言っている人がいましたが、ある種トランプが持っている側面(サイド)は、アメリカの原型に近い遺伝子かもしれません。