講演『米国史から日本が学ぶべきもの』
~リベラルアーツを武器として、いかに知識を知恵に変えるか~
リベラルアーツを武器として、いかに知識を知恵に変えるか
最初に、原敬、高橋是清、渋沢栄一と3人の名前を出しましたが、彼らよりも現代の日本人はアメリカに人脈を持っているのかどうか、ということを本当に考えておかないといけない時代に入っています。
唯一の同盟国の割にトランプが指名した大使は、一度も日本にやって来ませんでした。代理大使だったジョセフ・ヤングが東京の大使館でずっと続けていたのですが、彼はもともとチャイナスクールで中国の専門家で、奥さんはアメリカ系中国人です。
政治と外務省系の人とつき合ってくる人たちは、基本的にはジャパンハンドラーです。ジャパンハンドラーの意味は、「日本で飯を食っている人たち」という言い方で良いと思いますが、ワシントンやコロンビアにいけば歓迎してくれて、良くしてくれます。なぜなら、自分たちの飯の種だからです。
本当にそれだけで良いのでしょうか。やはりアメリカ社会全体のさまざまな人たちと関係性を構築していかないといけません。相手が大国であることを見ていかないと厳しいと思います。
(ですから、中国は)中国共産党の北京だけ見ていると見誤ってしまいます。深センは中国共産党から相当いじめられていますし、アリババのジャック・マー、そしてある種アメリカから敵視されているファーウェイ創業者の任正非も、決して中国共産党から優遇されている人ではありませんでしたが、人脈を構築していきました。
また、第一次世界大戦では、ドイツに追い込まれたイギリスがアメリカを参戦させるため、MI6(英国情報局秘密情報部)が徹底的に(人脈構築を)行いました。あるいは、アメリカ大使でもあり、有名な中国の哲学者の胡適、それから当時中国の代表だった蒋介石の妻である宋美齢がやったロビイング活動にはすざまじいものがあります。
そして、今も中国は留学生を32万人ほど送り込んでいます。留学生の中で選抜組に対するやり方が徹底的に違っています。同じコロンビア大学、ハーバード大学に行っても、それぞれがミッションをやっています。例えば、「お前はもうひたすら毎日パーティーだけ開いて、人脈だけつくってこい」「AIだけ研究してこい」「全米50州全部周ってこい」というようなことを、金をつけながらやります。
私は最初に中国共産党の情報源はオーバーシーチャイニーズの在日、在米の華僑だと思っていましたが、そんなことはありませんでした。今はそんなことはやっていなくて、送り込んだ留学生の中で良さそうな人にお金をつけながら、人脈地図をつくっていきます。やはり人脈のつくり方がものすごく大事なのです。
(そういう意味では)アメリカや中国という一つの括りはありません。いかに友人をいっぱいつくってくるか、本音を引き出すためにどうするかが大事です。そうすると「人間力」の話になりますが、その人間力とは何なのかというと、具体的な能力ではなく、ある種の人格です。「この人だったらグレーゾーンの話ができるな」と思わせることは、経験や知識によってしか培われず、普遍的に考える力がないとできません。それが、他者を思いやることにつながり、信頼関係ができます。ひたすら知識を詰め込んで、いろいろなことを知っているというだけでは、あまり武器になりません。それはアクセサリーとしての学問で、いくら物知りになってもあまり意味がありません。いかにリベラルアーツを武器として活用するか、知識や情報を知恵に変えるかが、一番のポイントになるのではないかと思います。
それから最後に、今の状況がどこの時代に似ているかをお話しします。日本はこれまでだいたい中国に強力な王朝ができると、非常に動揺しました。古代だと唐が台頭してきた時代がそうで、今と非常に似ています。
かつて強烈な中国ができた時代には、最初に朝鮮半島が動揺し始めました。日本の場合は白村江の戦いで唐と新羅の連合軍にボロボロにされました。その後、内政変換において壬申の乱が起きます。結局、日本の独立はどうやって保たれたのかというと、持統天皇と藤原不比等という極めて政治的な天才が出てきたことによります。どうやったら独立国家日本をつくれるのかをこの時代の人たちは懸命に考えたのです。
考えた3点セットの1つ目は独立宣言書をつくることです。大和言葉で書いた独立宣言書が古事記で、これは対内的なものです。日本書紀は漢語で書いた独立宣言書で、これは唐に対して書かれました。2つ目は、自分たちはこんな立派なものを持っているのだということを示すために、長安を似せて造った平城京です。そして3つ目は、法治国家だと言い張るための大宝律令です。
その3点セットをつくって、藤原不比等と持統天皇が大活躍します。持統天皇がなぜ女帝として表舞台に出られたのかというと、この時、中国は則天武后という強烈な女帝の時代だったからです。彼女は貞観の治を行った太宗の子どもである高宗の時代の皇后ですが、その時代から考えると、おそらく50年くらいにわたって唐を実体上治めていたと思います。そうした時代背景もあり、持統天皇は出てきやすかったのだと思います。
サマリーとして少しまとめます。アメリカは最初から分断がありました。二流三流のベンチャーの貴族と清教徒の対立、そしてフランス型と大英帝国型の対立です。
ニューオリンズは極めて重要な拠点で、南北戦争までに大陸国家として成長しました。国内の矛盾のピークに達したのが南北戦争で一旦は崩壊寸前になりますが、この困難を核として工業化を成し遂げ、インフラとして大陸鉄道を造ります。二流国家だったアメリカが大陸国家になり、人口も急増してきます。1900年から、今度はフロンティアに海洋国家として中国を目指します。それから、一旦ウィルソンでグローバル外交にしようかと思いますが、今度はハーディング以来、大恐慌のフーヴァーに突入するまで「狂騒の20年代」になります。
アメリカはよく変わる国です。国ごとよく変わる国だと認識することがすごく大事です。今の中国が台頭して、アメリカと中国のはざまの中で生きていくのは、相当な知恵がないと良い目には合いません。人間力、知恵という意味では、持統天皇と藤原不比等の物語が非常に参考になるのではないかと思い、その資料を加えておきました。
最後に、参考資料をつけておきました。その中で特に見てもらいたいのが、1950年代にアメリカが文化的にも世界で一番になってくるということです。ノーベル賞の数を見ても、イギリスをはるかに抜きます。アーネスト・ヘミングウェイや、平和賞を取ったジョージ・マーシャルが出てきます。映画、ロック、音楽にしても、1950年代に欧州が荒廃している中で、世界中から優秀な移民が退去して、ユダヤ人等含めアメリカに入ってきます。50年代以降は文化的にも圧倒的に出てきます。
繰り返しになりますが、アメリカは絶えず発明とイノベーションがあり、一国自体が変わる国です。当然、極端から極端にぶれる性質も併せ持っています。そのことを十分に押さえた上で、中国とアメリカについて考え、それから日本はどうするべきかを考えなければいけません。こうした難しい時代には相当な賢さがいるのではないかと感じます。
これで講義のほうを終わらせて頂きます。
<参考文献・参考サイト>
久保文明 『アメリカ政治史』 有斐閣、2018年
久保文明 『アメリカ外交の諸潮流―リベラルから保守まで』 日本国際問題研究所、2007年
齋藤健 『増補 転落の歴史に何を見るか』 ちくま文庫、2011年
伊藤之雄 『原敬 外交と政治の理想 上』 講談社、2014年
伊藤之雄 『原敬 外交と政治の理想 下』 講談社、2014年
福田和也 『大宰相・原敬』 PHP研究所、2013年
松田十刻 『原敬の180日間世界一周』 もりおか文庫、2018年
松本健一 『原敬の大正』 毎日新聞社、2013年
NHK取材班・編 『その時歴史が動いた 23』 KTC中央出版、2004年
原奎一郎 『原敬日記』全6巻 福村出版、1965年~1967年
纐纈厚 『田中義一―総力戦国家の先導者』 芙蓉書房出版、2009年
片山杜秀 『未完のファシズム―「持たざる国」 日本の運命』 新潮社、2012年
渋沢栄一「渋沢栄一交遊録 アメリカの 名経営者と政治家: ハインツ、ロックフェラーから ルーズヴェルトまで」(幕末明治研究会:編集)
宮脇淳子「皇帝たちの中国史」徳間書店、2019年
齋藤健 「ジェネラリストの巨星・原敬」(テンミニッツTV)、2014年
谷口和弘 「海外M&A成功の条件」(テンミニッツTV)2019年
東秀敏 『米国論再考』(テンミニッツTV)2020年
東秀敏 『1920年度米国大統領選挙』(テンミニッツTV)2020年
※以上、敬称略
※なお資料内の画像(出典)はWikimedia Commons(パブリックドメイン)です