10MTVオピニオン|有識者による1話10分のオンライン講義
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当時の大人の学識や教養レベルを計るには最適な逸話

『水雲問答』~林述斎の教養~

田口佳史
老荘思想研究者
情報・テキスト
平戸藩の藩主であった松浦静山の著書に『甲子夜話』がある。その中に出てくる『水雲問答』が、当時の大人の学識、教養のレベルを計るには最適な話だろうと老荘思想研究者・田口佳史氏は評価する。果たして『水雲問答』とはどんな内容なのか。
時間:12:43
収録日:2015/01/13
追加日:2015/08/20
≪全文≫

●『水雲問答』は教養レベルを計る格好の素材


 もう一つだけ読んでみたいと思います。これは、小生の愛読書なのですが、平戸(長崎県)の殿様で松浦静山という人の著書に『甲子夜話』があります。

 私は、25歳の時にタイのバンコクというところで水牛に串刺しにされ、あの世へ行ったりこの世へ帰って来たりと、生死の境をさまよいました。その後、日本に帰ってきて養生しなければいけないという時、非常にありがたいことに知人の方から「自分の会社の寮が平戸という所にあり、賄いの方もおられるから、そこでしっかり養生されたらどうか」と勧められ、大体1カ月半ほど平戸で生活し養生した経験があります。その寮の責任者の方が「養生といっても、若い人がぶらぶらしているのはいかん。少し勉強されてはどうですか」とおっしゃるので、ご紹介を受けて毎日通ったのが、松浦静山の文庫(松浦文庫)です。そこは、吉田松陰をはじめ、多くの志士たちが勉強に来た所でした。そこで、いろいろな書を読ませていただいたことも、今日の私の業に多少関連があるように思うのです。

 そのようなことから、非常に親しみを感じ、松浦静山の『甲子夜話』が私の愛読書の一つになったのですが、特に私が気に入っている話が『水雲問答』です。

 前回、佐藤一斎という人のお話をしましたが、実は、佐藤一斎は、今でいう岐阜県恵那郡の生まれで、そこで竹馬の友であった人が、林家に養子に行った林述斎という人です。林述斎は、林家を継いでから日本の学問の発展に尽力した人物で、人格・見識ともに非常にうってつけの立派な人でした。林述斎は晩年、隅田川のほとりに居を構えて、墨水漁翁と名乗り、悠々自適に暮らしました。

 一方、当時の藩には、名君と呼ばれる人物がすこぶる多くいました。安中藩には、板倉伊予守という藩主がおり、なかなかの名君として名高かった方です。松浦静山も名君で名を上げた人物ですが、板倉伊予守も並び立つような名君だったのです。

 この名君と大儒である林述斎、つまり、墨水漁翁と白雲山人(板倉伊予守のこと)が問答を繰り返すのが『水雲問答』です。この『水雲問答』がなかなかいいもので、当時の大人の学識、あるいは、今でいうリベラルアーツ、教養のレベルを計るのに非常に適した話であろうと思います。

 リベラルアーツは、アルテス・リベラレス(artes liberales)に由来するといわれ、自由人の作法、あるいは、心構え、技法という意味で、今日流にいえば、心の解放ということでしょう。こういうものが教養ということなのですが、墨水漁翁と白雲山人両者の教養が、どの程度のものかを楽しむ、吟味する、味わうにはすこぶるいい、格好の話なのです。


●国家の使命である公議を貫くことが重要


 この話の中に、実は非常に重要で見逃せない指摘があります。それを読んでみます。白雲山人(板倉伊予守)が墨水漁翁(林述斎)にこう言います。

 「凡国家の政をするに、公議と申ことを立申度。これは、国家の禍はとかく人君の私慾より起り、或は大臣の私意より起り、群下の朋党より起申候。」

 つまり、こういうことです。


 国家の政治の最たるものに公議というものがある。古今東西、国家がおかしくなったり、倒れたといった、国家の存亡に関わることはどこに原因があるのかというと、「人君の私慾(私欲)」にある。その人君の私欲に呼ばれたように、今度は大臣が私意(自分のこと)しか考えなくなる。そうすると、「群下の朋党」、つま...
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