「尊王攘夷か佐幕か」…天皇絶対主義に結びつく厄介な問題
徳川将軍と江戸幕府~井伊直弼編(2)開国の是非と将軍継嗣問題
保守的かつ現実的だった井伊直弼が先駆的な政策として唱えた「開国」論には、当時の将軍・徳川家定の継嗣問題が絡んできた。本来別々の問題である二つが結びつくことになったのは、水戸藩・徳川斉昭の存在が大きい。斉昭は「尊...
収録日:2021/04/12
追加日:2026/08/21
攘夷思想を強める契機となったのはコレラと天然痘の流行
戦前日本の『未完のファシズム』と現代(4)西洋のイメージと攘夷思想
明治維新の根本には尊王攘夷思想がある。攘夷思想を強める契機となったのは、コレラと天然痘が西洋から入ってきたことである。これによって、西洋人への負のイメージが醸成され、国力を高めていくエネルギーとなっていった。(2...
収録日:2020/02/26
追加日:2020/07/07
長州攘夷派が排除された8月18日の政変
明治維新とは~幕末を見る新たな史観(13)攘夷派の弾圧
攘夷派が勢いづいていた長州だったが、孝明天皇の意向が示され、一転して窮地に立たされることになる。しかし事態は、西郷隆盛の行動により変転する。今回は、8月18日の政変から第一次長州征伐への経緯について解説する。(全17...
収録日:2018/07/18
追加日:2018/12/13
長州ファイブ、イギリスへ…長州藩士と薩摩藩士の密航留学
明治維新とは~幕末を見る新たな史観(12)薩長の攘夷戦争
幕府が命じた専守防衛原則にもかかわらず、長州は攘夷攻撃を展開し、薩摩は生麦事件に端を発する薩英戦争に突入した。しかし、島田晴雄氏が注目するのは、一方で両雄藩が密航留学を行い、西欧文明をしっかりと受け止めていたと...
収録日:2018/07/18
追加日:2018/12/07
アジアの解放を成し遂げようという動きが在野に広まる
本当のことがわかる昭和史《2》軍縮ブームとエネルギー革命の時代「明治の精神」の死(11)尊王攘夷とアジア主義
日英同盟を破棄した当時、日本国民に反英思想はなかったが、後年、反英感情が煽られていった。その背景には明治維新以来、西洋列強に対抗してきた「尊王攘夷」や、日清・日露戦争後に広まったアジア主義の気風があった。上智大...
収録日:2014/12/15
追加日:2015/08/17
ボリシェヴィキを彷彿とさせる長州藩の妥協なき理想追求
幕末長州~松下村塾と革命の志士たち(10)攘夷のリアリズムと実行
水戸藩や薩摩藩との違いを通して浮かび上がる長州藩の横顔は、ロシア革命を動かしたボリシェヴィキを彷彿させる、と歴史学者・山内昌之氏は言う。その理由はどこにあるのか。また、幕末の京都で、過激浪士たちはおろか市民にも...
収録日:2014/12/24
追加日:2015/03/08
孝明天皇を盾にした過激な攘夷論がもたらした京都の変化
幕末長州~松下村塾と革命の志士たち(09)長州藩の反幕意識
吉田松陰亡き後、長州に残された弟子たちがその衣鉢を継ぐには、幾つもの障害があった。桜田門外の変の後、いったん「公武合体」論によって融和しようとした幕府と朝廷は、「攘夷」の一点で互いに譲れなかったからだ。政局は二...
収録日:2014/12/24
追加日:2015/03/01