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DATE/ 2017.12.05

『AI時代の働き方と法』から学ぶ近未来の働き方

 2016年3月、人工知能(AI)のアルファ碁がプロ棋士イ・セドル氏に勝利したことはAI時代の幕開けを象徴する画期的な出来事でした。こうした現実を目の当たりにすると、そう遠くない将来に、AIが人間の知能を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)が訪れるという予測が、決してSFでもファンタジーでもなく、リアリティをもって迫ってきます。

 特にシンギュラリティによって危惧されているのは「労働」の分野です。人間の仕事が機械に奪われてしまうのではないかと言われているからです。はたして未来の働き方はどのように変わるのか。そこでは、シンギュラリティに限らず、さらに視野を広げて、未来のAI時代の働き方について、『AI時代の働き方と法―2035年の労働法を考える』(大内伸哉著、弘文堂)をもとに考えてみたいと思います。

 著者の大内伸哉氏は現在、神戸大学大学院法学研究科教授で、著書に『君の働き方に未来はあるか?~労働法の限界と、これからの雇用社会~』『勤勉は美徳か?~幸福に働き、生きるヒント~』(ともに光文社新書)や、労働法の入門書『雇用社会の25の疑問 労働法再入門 第3版』(弘文堂)などがあります。

機械化される可能性が高い職務トップ5

 将来、機械が人間の職を代替するとはいえ、代替されやすい職務とそうでないものがあるはずです。同書には、「機械化される可能性が高い職務」と「機械化される可能性が低い」職務のランキングが掲載されています。2013年にオックスフォード大学の研究者が「将来の雇用」という論文において発表したものです。

 「機械化される可能性が高い職務」のトップ5は
「1位電話による商品販売員」
「2位不動産記録などの法的文書の調査・要約・探索に従事する者」
「3位裁縫師」
「4位標準的な数式を用いた技術問題の解決に従事する者」
「5位保険業者」です。

 「機械化される可能性が低い職務」のトップ5は
「1位レクリエーション療法士」
「2位整備・設置・修理の作業を行う者の現場監督者」
「3位危機管理責任者」
「4位精神衛生薬物ソーシャルワーカー」
「5位聴覚機能訓練士」となっています。

 かなりおおざっぱな分類になりますが、職業は、あらかじめ定められた基準に従って行う「定型型」と、ときに高度な知識が必要とされ個別に柔軟な対応が求められる「非定型」に分けることができます。「機械化される可能性が低い職務」は「非定型」という共通点があるといえます。

ミドルのホワイトカラー層に影響大

 だからといって、「非定型」の職務であれば、将来安泰かといえばそうでもありません。ここには、もちろん「非定型」を行うホワイトカラーも含まれます。

 同書には、「人工知能の専門家は、ホワイトカラーに残されている仕事は『人間であれば多くの人ができるがコンピュータにとっては難しい仕事』と、『コンピュータではどうしても実現できず、人間の中でも一握りの人々しか行わない文脈理解・状況判断・モデルの構築・コミュニケーション能力等を駆使することで達成できる仕事』の2種類に分断される」とあります。

 そのうち、前者は「賃金の低い非正規社員が担う」ことになると予想されていて、「労働市場の二極化が、徹底した形」で起こり、結果として「とくにミドルのホワイトカラー層に大きな影響を及ぼす可能性が高い」と著者の大内氏は述べています。

 ちなみに、人工知能研究の第一人者である松尾豊氏によると、人工知能はレベル1~4の発達段階があり、わかりやすくいうと、レベル1が「言われたことだけをこなすアルバイト」、レベル2が「たくさんのルールを理解し判断する一般社員」、レベル3が「決められたチェック項目に従って業務を改善していく課長クラス」、レベル4が「チェック項目まで自分で発見するマネージャークラス」となっていて、開発度はすでにレベル3以上に到達しているそうです。

正社員制度に頼らない労働法のあり方

 第4次産業革命、つまり「ビッグデータ人工知能を活用した新たな産業」の時代の到来によって、日本の雇用は大きく変わることが予想されます。ただし、働き方の変化には技術進化だけでなく、グローバル化も大きく関わってきます。

 グローバル化にともなって、「労働者が国や企業を選ぶ時代」に変わりつつあります。これまで日本は長期雇用慣行と年功序列を主軸とする、グローバルな視点に立つとかなり特異な「日本型雇用システム」、要するに「正社員制度」を維持してきました。しかし、「自分の技能をその時点での成果や実績で評価してくれることを重視する国内外の人材」はこれには魅力を感じないでしょう。

 こうした背景をもとに大内氏は「正社員制度に頼らない労働法のあり方を根本的に考え直さなければならない」と論じています。

 将来、現行の正社員制度は当たり前ではなくなるかもしれません。正社員制度の崩壊というと、ネガティブなイメージがありますが、正社員の労働とはすなわち「従属労働」であり、見方を変えれば、「従属労働」という働き方から解放されるということでもあります。

 大内氏は、人間がそうした労働から完全に解放された未来も提示しています。「労働革命の行き着く先は絶望か希望か」…。ともかくも、今後の数十年は労働が激変することはまず間違いないでしょう。

<参考文献>
『AI時代の働き方と法―2035年の労働法を考える』(大内伸哉著、弘文堂)
http://www.koubundou.co.jp/book/b278836.html

<関連サイト>
神戸大学大学院 法学研究科 大内伸哉氏のページ
http://www2.kobe-u.ac.jp/~souchi/

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