●野球選手は、なぜ学校教師の何百倍も稼ぐのか
最近、いろいろな分野で格差の拡大が議論されています。
真面目に教育に取り組んでいる中学や高校の先生方の収入が比較的低から中レベルにとどまる一方で、野球選手やタレントの給料は大変高い。あるいは毎日コツコツ働くサラリーマンが稼いでいるのはほどほどかカツカツの年収なのに、企業を起こして一発で成功した経営者は膨大な創業者利益を獲得する。こういうことをどう考えたらいいのだろうかという議論が、いろいろなレベルでなされているわけです。
もちろん格差が広がることによって発生し得る社会的な不安定や問題に対処するためには、どのような社会保障が考えられるか、あるいは税制をどうするかなどが問われていくのだろうと思います。しかし、そういった大きな問題を考える前に、なぜ同じように働いていても、これだけの賃金格差、所得格差が生まれてくるのかということは、きっちりと分析する必要があるだろうと思います。
今日は、ベンチャーによる起業などでよく話題になる問題は脇に置いて、同じように働いている人でも、スポーツ選手やタレントと、例えばサラリーマンや学校の先生とは、なぜこんなに給料に差がつくのかについて、経済学でどういう議論があるのかを紹介してみたいと思います。今の世の中の動きを見る上でも非常に重要だし、今後の展開にとっても大事だと思っているわけです。
●影響力の広がりを考える「スーパースターの経済学」
この分野で非常に有名な研究に「スーパースターの経済学」というものがあり、このタイトルの論文が発表された後、さまざまな経済学者による議論が展開されてきました。元の論文は、故シャーウィン・ローゼン教授(シカゴ大学)によるものです。
なぜ、野球ではイチロー、プロテニスプレーヤーでは錦織圭選手のような人が、非常に優秀で真面目に子どもたちのことを思って現場で教えている中学校の先生より高い給料を得られるのか。
そのときの一つのキーワードとなるのが「リーチの長さ」、あるいは「影響力の広がり」だろうと思います。例えば、イチローがヒットを重ね、史上最多となるヒット数の記録を打ち立てる瞬間には、その偉業をテレビやニュースで観ている人がたくさんいて、その情報を新聞で見て喜ぶ人もたくさんいるわけです。
簡単に言うために、イチローや錦織選手のやったことをエンジョイする=自分の一つの価値として評価できる人が、例えば世界中に1000万人いたとしましょう。マスコミやテレビは、そういう人たちに喜びを届けるわけです。そうすると、一人の人がそれに対して年間で100円の価値を認めたとすれば、1000万人いれば10億円という価値が生まれるわけです。これが、スーパースターの持っている特徴だろうと思います。
●スーパースターの価値、高校教師の価値の共存
それに対して、どんなに素晴らしい教育をする高校の先生であっても、旧来のやり方では教室内の30人か、多くても40人の子どもたちにしか伝えることができません。実際には子どもたちの生涯を通じて、人生やモノの考え方などに大きな影響を及ぼす場合もあり、その意味では非常に大事な貢献をしているわけですが、金銭的な価値に照らしてみると、それに対して支払われる対価は残念ながら限られたものになります。
こういう意味で、職業によって、非常に広がりを持ち得る職業と、成果に基づいてそれなりの報酬を与えることはできるが結果論としてみると影響力の範囲が限られるために少ない職種があります。同じように賃金や給料とはいっても、全く違ったものが世の中には共存しているということです。中間的な人も含めて、働き方の違いによって給料の設定の仕方も違えば給料の中身も変わってくるということを理解する必要があります。
●世界のトッププロ3人の所得を合計すると?
「スーパースターの経済学」の場合、非常に面白いのは、実際にそういう形で大変な高給を稼ぐ人は極めて限られている点です。記憶で申し上げるので不正確な数字で申し訳ないですが、世界のプロテニスプレーヤーの上から3~5人の人が、何万人といるプロテニスプレーヤーの総所得の半分以上を稼いでいます。プロ野球もそうで、球団で一番稼ぐスタープレーヤーの年俸は、二軍選手全員の給料を合計したものよりも多くなってしまうということです。
したがって、スーパースターは、いわゆるヒエラルキー、そのピラミッドの頂点のようなところにいます。こういう世界では何が起こり得るかというと、頂点に行くと非常に高い給料を得られるわけですが、そこを目指している下のところにいる人たちの給料は非常に低いのです。ただ、その中で競争して上に上がっていけば、比較的上がっていきます。ですから、プロ選手、ある...