編集長が語る!講義の見どころ
《今を知る》秋に「人間力」を実らせる(令和8年版)/特集&與那覇潤先生【テンミニッツ・アカデミー】

2026/10/21

いつもありがとうございます。テンミニッツ・アカデミー編集長の川上達史です。

いよいよ秋も深まってきました。このところ、秋があまりに短く、あっという間に過ぎ去ってしまうかのように感じる年が続いています。今年は、はたしてどうなりますか。この秋を存分に満喫したいものです。

いうまでもなく、「実りの秋」でもあります。「実りの秋」には、ぜひ自分自身の「人間力」も「実り多き」ものとしたいもの。

毎年、大好評をいただいている「人間力」シリーズの令和8年(秋)セレクションです。今回は、「ストレス」や「甘え」や「心の安心」などについて考えてみてはいかがでしょうか?

適度な「ストレス」は自分自身や心を高めてくれるスパイス的な役割を果たしてくれます。しかしもう一方で、「心の安心」がしっかり確保されていることも欠かせません。

それを両立させるためには、どのようなことが必要なのでしょうか。また、自分ができることは何なのでしょうか?

「生きるヒント」が見つかる講義を集めてみました。


■今を知る講義まとめ:秋に「人間力」を実らせる(令和8年版)

https://10mtv.jp/pc/feature/detail.php?id=310&referer=push_mm_feat

◆與那覇潤先生:「甘え」は現代においてダメなものなのか…名著『「甘え」の構造』への2種類の誤解とは?
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4949&referer=push_mm_rcm1

◆頼住光子先生:ラフカディオ・ハーンが解明した「美しい日本」の秘密と未来
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=6181&referer=push_mm_rcm2

◆高橋孝雄先生:過度の「負」のストレスは遺伝子に悪影響を及ぼす
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4149&referer=push_mm_rcm3

◆青島未佳先生:なぜ今「心理的安全性」なのか、注目を集める背景に迫る
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4551&referer=push_mm_rcm4

◆長谷川眞理子先生:ヒトの進化史を文明の発展の時間軸から考える
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5659&referer=push_mm_rcm5


■講座のみどころ:『「甘え」の構造』への誤解?~節度ある甘えとは(與那覇潤先生)

今回は、《今を知る》特集より、與那覇潤先生(評論家)に、土居健郎さんの『「甘え」の構造』をテーマにお話しいただいた講義をピックアップいたします。

『「甘え」の構造』は、ご存じの方も多いことでしょう。1971年に発刊され、累計で150万部のロングセラーとなっています。

しかし、與那覇先生は、この本があまりにベストセラーになってしまったために、「2つの誤解」が広まってしまっているとおっしゃいます。

1つめは、「『甘え』は日本人だけの特徴だ」という誤解。

2つめは、「『甘え』は駄目なものだ」という誤解です。

「これは土居さんの本の読み方としても、また日本社会の捉え方としても妥当ではないのではないか」と與那覇先生は指摘されます。

はたして、現時点で考えるべき「甘え」論とは、いかなるものなのか。名著に光を当てつつ、新しい方向性を打ち出してくださる、絶品講義です。

◆與那覇潤先生:『「甘え」の構造』と現代日本(全6話)
(1)「甘え」のインパクト
「甘え」は現代においてダメなものなのか…名著『「甘え」の構造』への2種類の誤解とは?
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4949&referer=push_mm_rcm6

與那覇先生は第1話で、精神科医である土居健郎さんが、ある患者のイギリス人母親との会話から、「『甘え』は日本人にしかない概念かもしれない」と考えることになるエピソードをご紹介くださいます。

しかし、與那覇先生が続けて紹介されているように、土居さんは同時に、「本当に日本語にしかないのか、翻訳不可能なのかというと、そうでもない」ということも書いていました。

その専門的な分析もしっかりと書いてあるのに、書名のインパクトから「誤解」が広がっていった……。そう與那覇先生は分析されます。

そして與那覇先生は、「甘えについての誤解」を示す一例として、コロナ禍の折に「感染してしまったのは自分が悪い」自分を責める人の割合が、世界の中で日本人が突出して高かったという統計分析を提示します。

日本人は、「しょうがないよね」とお互いに甘えあって許容しあうのではなくて、「自分が悪い」と自分を責めたり、「お前のせいだ、この危機の中で甘えは許さないぞ」という態度をとったりした。それは、なぜか――。

このことを考えるときに、『「甘え」の構造』を先入観や誤解を排して読むと、さまざまなヒントが得られる。そう、與那覇先生はおっしゃるのです。

第2話から、與那覇先生の「深い読み」が次々に展開されます。

まず取り上げるのは、『「甘え」の構造』に書かれた土居さんのエピソード。海外留学していたときに、「Thank you」というべきときに、つい「I am sorry」といってしまった事例です。

これは、自分事としても思い当たる方が多いのではないでしょうか。

日本人は、エレベーターなどでボタンを押して待ってくれた人にも、「スミマセン」といいます。それは「相手に迷惑をかけたのではないか」「本当は嫌がっているのではないか」と、ネガティブに相手のことを想像してしまうからではないか。

また日本では危機の折に、真っ先にトイレットペーパーの買い占めが起きます。これも、「(トイレという)嫌なことが、もっと嫌になってしまう」と、まずネガティブなことを想像してしまうからではないか。

ただし、これについても一方的に「だから日本人はダメだ」といっているわけではありません。

実は土居さんは、『「甘え」の構造』で、「すまないと感じるならキリストに対して感じる。周りに対して感じる必要はないのだというのがキリスト教の思想の型」だと論じていました。

そのうえで、マルクス、ニーチェ、フロイトを挙げて、「こういうキリスト教圏から始まり近代社会に受け継がれた思想は空虚なスローガンではなかったかと、やっとヨーロッパ人も気づき始めている」と喝破していたのです。

この部分の議論の詳細は、ぜひ第2話をご参照いただければと思いますが、このことをご紹介くださったうえで與那覇先生は、次のように指摘されます。

《つまり、欧米人と日本人は違いますよということが書いてある点よりも、むしろ欧米こそが特殊であって日本人の方が非常にナチュラルな人間のあり方を示していたかもしれないのです》

そのうえで、與那覇先生はこうおっしゃるのです。

《各人が自由であることを前提に組み立てられた近代社会の仕組みが機能不全に陥っていくと、意外に日本人についての考察のほうが普遍的な人間についての考察に繋がるかもしれない。そういう視点で読み直したほうが、『「甘え」の構造』は有益な著作ではないか》

これは、現代において「甘え」を考えるうえで、とても重要な視点といえましょう。

第3話では、「信頼関係と自立」について議論がなされます。與那覇先生はこう指摘されます。

《とにかく自分と対立はしていない他人というものが周りにいるときに、初めて人間というのは自立することができるわけなのです》

そして事例分析として、コロナ禍の「ステイホーム」期間に起きたネットリンチブームについて言及されます。そのうえで、さらにこうおっしゃるのです。

《つまり、相手もある程度自分と同じだろうという意味での信頼感というか、基本的な想定のようなものがないと、人は他の人とコミュニケーションできないし、したがって社会の中で生きていくことができなくなってしまうわけなのです》

このような「信頼感」とはどのようなものかを考えることが重要であるゆえんです。まことに興味深いご指摘です。

さらに第4話では、山本七平が『日本教徒』(1976年)で展開した議論を引用します。日本人は「恩を返さない人はよくない」と考える。その一方で、「恩を返せ」と恩を取り立てるのは、それ以上に悪いとされる……。

ここで與那覇先生が紹介するのが、土居さんが「遠慮」という概念で展開した「三重構造」の議論です。自分に一番近い同心円は「身内」。ここは、甘えてOKなので遠慮しなくていい人たちです。一番外側が、まったくの他人同士。だからここも遠慮をしなくていい。その中間が「お互いに、遠慮をしながら付き合う世界」です。

この議論を振り返りつつ、與那覇先生は「現代のSNS社会では、この中間の『お互いに遠慮しながら付き合う』領域が、急速にやせ細ってしまっているのではないか」と指摘します。

そして人間関係の「遠近法」がなくなってしまった世界の悲劇を、カミュの『異邦人』を事例に論じていきます。実は、土居さんは「カミュの『異邦人』というタイトルは、『他人』と訳されるべきではないか」と論じていました。その意味をあらためて問うていくのです。

続く第5話で議論されるのは、1971年当時盛んだった学生運動を、土居さんが「桃太郎の鬼退治」を引き合いに出して論じている箇所です。これは、近年の日本で盛んにいわれている「親ガチャ」(親にによる「当たり」「外れ」)にも通じるというのですが……。

そして最終話(第6話)では、小津安二郎の映画を例としながら、「『甘え』と『節度』」の両輪が必要ではないかという議論が展開されます。

《甘え自体はあっていいのだ、ただしそこに節度も必要なのだという見方というのは、今、より必要とされているのではないか》

そう述べたうえで、與那覇先生は「これからの日本で求められていくのは、やはり健康的で持続可能な『甘え』というのは何なのかではないか」と指摘されるのです。

「節度ある甘え」「健康的で持続可能な甘え」――。家族の関係や、社会における関係を考えるうえで、とても考えさせられる考え方です。

たしかに、相互に信頼できなかったり、密告があったり、すぐに切り捨てられてしまったりするような「まったく甘えられない社会」では、安心して行動することも、能力を遺憾なく発揮することもできません。これは最近よく指摘される「心理的安全性」の議論にも通じる概念といえましょう。

まさに、現代の日本においてこそ深く考えられるべきテーマです。『「甘え」の構造』を引きながら展開される議論は、まことに興味深いものばかり。ぜひご覧ください。


(※アドレス再掲)

■今を知る講義まとめ:秋に「人間力」を実らせる(令和8年版)
https://10mtv.jp/pc/feature/detail.php?id=310&referer=push_mm_feat

◆與那覇潤先生:『「甘え」の構造』と現代日本(1)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4949&referer=push_mm_rcm7

※頼住光子先生の「頼」は、実際は旧字体


公式noteをフォローすると過去のメルマガも見られます!
https://note.com/10minacademy